勃ち男

何度目のアラームか、設定した時間を優位に超えて、アラームを止めた。
直ぐにパンツを3枚履き支度をしてから出勤した。

小刻みに動くスマホを、ポケットからぬるりと取り出し、通知を見て、思案顔になる。上司の大井さんからのメールだ。文面の内容は大体の察しはつく。
「昨日の企画書類、やり直し」とだけあった。
大井さんは、上司としては、優秀だ。だから、みんなに嫌われていて、一匹狼のような存在になりつつある。大井さんと関わりのある人は、皆、根は良い人なんだけどー、というが、月並み過ぎた言葉にあまり響かなかった。
どうせ消去法だ。根の悪い人なんて聞いた事がない。

「おはよう、佐々木くん、」「あ、おはよう!西原さん!」
力の無い眼球に瞼をしばたたいて、風貌を整える。僕だけのマドンナ、西原真衣さんだ。スレンダーで出るとこは出て、セミロングの髪が、また清楚感を醸し出す。
それでいて、慇懃な姿勢がより良い。
つまりは、好きだ。付き合いたいとも思う。彼女と対面するといつも勃ってしまうほどに。

けたたましい足音と共に、僕のデスクに来たのは、一匹狼の大井さんだった。
雌オオカミの大井さんは、高身長で細目、尖ったまつ毛は城壁に並べられた剣のようだ。Eラインがしっかりしてる京美人てとこだ。僕は、すでに沈んでいた。

企画書類は、やり直しだと。
「朝、メールで聞いたんだと、直接言うならメールするなと」、、まだ口にしてない思考を遮られ、あれやこれやと指摘を浴びた。大井さんの話は、ざっくばらんと続いて、僕は、唇の下に皺を作っていた。それだけに留まらず、身なりのことまで言われた。整理整頓をしろと、、

「ふぅ〜」と、いただいた言葉を、もうキャパオーバーですよーと、言うように吐いた。

デスクの上が散らかっていることに気づいた。
最近忙しいせいだと思い、所作に遅れを取りながらも、気にせず仕事に取り掛かった。周囲が騒がしい。集中できないと思いデスクの引き出しから耳栓を取り出した。そこへ西原さんが来た。

「佐々木くん〜〜ごめんけどさ、、」
西原さんは言う。
「大井さんにこの仕事やっといてって言われて、、佐々木くんって忙しいよね?」
可愛い西原さんは言う。
「いや、全然!それくらいならできるよ!」
勃ちながら僕は、言った。それから西原さんは去り、少々時間を置いてから立った。

気分転換にと思い、自販機でコーヒーを買おうと思ったが、何やら故障みたいだった。お金を入れたのにうんともすんとも反応しない。売店に行くことにした。

昼休憩から間もないからか、空いている。コーヒー缶を手にし、プルタブを開けた所に、西原が来た。前方に立って、両手を後ろに俺の手元を覗き込むように前屈みの姿勢になった。
赤。
これを他の男にも見られていると思ったらなんだか勃ってしまった。

「あ、私もコーヒー飲みたかったとこなんだよね」
小柄な丈で覗き込むように言う。
「ごめん、なんて言った?」
すると、人差し指で自分の耳を指し、二度叩いた。そして、耳栓を外した。
「じゃあ、教えた代わりに、それ頂戴?」
僕の意志を待たずして、優しく奪い一口だけ飲んで売店へ行った。
女の子でコーヒーを飲む子は、珍しい。中腰の体制で思う。

段々と売店は混みはじめる。入口からレジを通り出口までの人の流れが、攪拌しててなんだか見ていられた。その中に西原さんもいて、ひとぎわ煌々しく、魅了する人としての自覚なのか、毅然とした佇まいで並んでいた。そして、コーヒー缶を眺め優しく口をつけた。
先ほどの色彩が頭の中で具現化されていく。

すぐさま、トイレに向かった。
急ぎたかったが、急ぐことが出来なくて一段一段踏ん張りながら登った。
用を済ますと、あたりが澄んで見える。余計な思考が消え無性に活字が読みたくなった。

午後からは、仕事が捗れた。集中できているからか、デスク上が綺麗になっていることに、後から気づいた。

二回、肩を叩かれ、そこには大井さんがいて、自販機にコーヒー缶があった事を知らされた。それは、僕のではないですと伝えたが、君が買っていた姿を見ているから君のだよと、大井さんの言い分に帰した。そして、その自販機は、故障中のことらしいので当面使えないよとも言われた。沈んだまま、僕は頷いた。

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