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すかすかなものたち

友人が男児を産んで、調布へ引っ越した。新宿から特急で16分。調布まで行き、男児の顔をみることにした。

友人と、友人の夫はベビーカーをおして調布駅にあらわれた。黒いベビーカーには水色の毛布がしきつめてあって、男児はおとなしくしていた。男児がときおり手や体を動かし毛布がずれる。友人はそのたびに何度も毛布を体にかけなおした。

家につくと、彼女の夫が、透明のコップに麦茶を出してくれた。ホームパイとポッキーは白い皿に盛ってあった。彼らの結婚式の写真が飾ってある。「なんか、所帯じみちゃって」と友人は言った。「小学校のときの近所の友達の家みたい」と私は正直に言った。「所帯じみるのは、悪いことじゃないよ。なんたって所帯なんだからね」と励ますようなことも言った。

音の鳴るカプセルがじゃらじゃらぶら下がっている遊具の下に、男児は寝そべっていた。彼の世界にはこのじゃらじゃらがどう見えているのかと思う。私が目を見開くと、男児は口を開けた。毛穴ひとつない肌をみていると、急に自分が年をとってしまった気がした。

どう? 大変?

そうねぇ。この人(夫)がいるときはいいんだけど、ワンオペが大変。

すき屋でも大変だからね。

で、寂しいというかさ。いままで馬鹿にしていたようなワイドショーをみるようになった。授乳があるから途中でみるのをやめないといけないでしょ、その時、テレビがおもしろかったらイライラする。でも、ワイドショーはおもしろすぎないから、いらいらしないんだよ。なんで、ワイドショーって存在するのかなと思っていたけど、このためなんだとおもったよ。すごい助かってる。

友人は大学時代お笑いサークルに入っていた。それくらいお笑いが好きだった。そんな友人がおもしろくないことに救われることになるとは。

「今日はお姉さんがいるから機嫌がいいね」と友人は言った。あー、と男児がいうと、あー、と友人も返した。うえー、と言うと、うえー、と返す。「言ったことをそのまま返してあげるのがいいらしい。これはね、私がバカになっているわけじゃないから」と友人は彼女らしい律義さで言う。「思わんよ、そんなこと」私は面白くて笑った。

次の日、ためしにワイドショーをみてみた。「声かけ事案」としてすぐ通報される様子について、わざわざパネルを使って解説していた。大げさで、すかすかだった。すぐ消した。

でもいつか、すかすかなそれらに、救われる日がくるのかもしれない。

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