だいたい400字日記(1)
6月21日
ずっとしていた咳が治った。ごほんごほんごほんごほん、とここ数週間咳をしていた。ごほんごほんのあいだに、ぜー、ぜー、うぇ、みたいな音が間に入った。やっているうちに、リズムに乗ってきて楽しかった。
しゃべるとき、口で息を小さく吸う。口で吸った新鮮な空気に触れると、喉のあたりが苦しくなって、気が付けば肺を上下に一生懸命動かして咳をしている。咳は私がしているのではなく、もう天から与えられたもののように激しい。恍惚とし、没頭してしまう。そうすると、しゃべろうとした内容を忘れてしまうのだった。そういえば、他の人もしゃべるとき口で息を吸うのか、観察してみようと思う。
今日、「猪木VSアリ」のWikipediaを見ていたら、猪木の元奥さんが倍賞千恵子であることをはじめて知った。さらに、倍賞千恵子と柳家権太郎師匠が幼馴染であることも知った。
6月25日
沖縄にいる。母が「あんた、健康保険とかどうしてるの」と聞いてきた。私は退職のことについて話していないので、なぜ知っているのか不思議に思った。そういえば、前回の帰省の際、叔父は「燃やしてみる?」と、私に例の紙のお札を渡そうとしたのだった。(「偽札ユンタ」参照 https://note.mu/yamamotopotato )そう考えると、親戚一同がnoteを読んでいる可能性がある。
彼氏の家に転がり込んでいる旨は言えなかった。「ベッドとかどうやって運んだの?」という母に「備え付けだった」と適当な嘘をついた。そうしているうちに、冷蔵庫や電子レンジ、洗濯機までもが備え付けになっていった。夢のような物件だ。
そういう一々の嘘もばれていると思うと、清々しい。インターネットはすごい。しかし、同棲していない嘘を私は母の前でつき続けるだろうし、インターネットを見ていないふりを母もし続けるであろう。
母がパソコンを買い替えたというので「なんのメーカー?」と聞いたら「Windows10」と返ってきた。
6月26日
いとこの結婚式があった。新婦父が「なんか汚れてる」と自分の白いネクタイをみながら言った。最初は、「そういう柄だよ」「光沢でしょ」と励ましたが、ただの汚れだった。
私を見送るために、家の中でダッシュをして、壁の角に頭をぶつけ、だくだくと血を流したいとこ。私の頭にスライムを乗せ、取れなくなったからハサミで私の髪をちょん切ったいとこ。自己紹介で「8才独身です」というギャグを言い、大人たちの微笑をかっさらっていったいとこ。気が付けば結婚し、子どもまでいる。
「誓いのキスを」と神父が言ったので、親戚の子ども(小2)に「チューするぜ」と私は教えてあげた。子どもは、ひじを真横に張り、手のひらで目を覆った。そういうふうに茶化さないと、幼いころから知っている人間の接吻は見れないものだ。
上着を東京に忘れたので、会場のクーラーが寒かった。二の腕が冷たくなっていった。たくさんの二の腕が、冷蔵庫に並べられている様子を想像した。
7月1日
お世話になっているAさんの取材があった。帰り際に、「山本さんのnoteけっこう好きなんですよ」と言われた。私は「あれを書いていたら、私の未来はない気がするので、もう書かないつもりです」と言った。あとで、反省した。面白いって言われたら、素直に「いえーい! ありがとうございます!」と明るく言った方がいい。いきなり謎の宣言をされても相手だって困るに決まっている。Aさんは苦笑いをしていた。
その後はすぐに移動して上司のIさんとミーティングをした。金沢のお土産をもらった。「2つ入っているけど、両方あげる」と言った。たぶん、渡すのがめんどくさくなったのだろうと思った。よくよく考えたら、私は沖縄のお土産を誰にも渡していない。ずっと家に忘れているからだ。上司のIさんにもお土産を買ったが、もちろん忘れた。家にはそういうお土産が沢山ある。私のようなものぐさな人々で集まって、「渡さなかったお土産物産展」を開きたい。たぶん、だれも集まらない。
7月4日
雨が沢山ふった。怒涛の雨だった。仕事が終わって帰宅するころには、小雨になっていて、会社のビニール傘を拝借した。
帰り道は同僚のOさんと一緒だった。アスファルトが新しくなっていて、若者の肌のように水をはじいていた。工事中で通れないのが煩わしかったけど、新しいアスファルトは気持ちがよかった。
新しいマンホールは迷路みたいな模様をしていて、その溝の一つ一つに水がたまり、虹色に光っていた。私もOさんも、歓声を上げ、その様子を観察し、溝によって色が違うことについて意見を言った。
私は白いスニーカーでたまった水を踏みつけ、「なんでこんなキレイな色になるんだろうね」とOさんに聞いた。彼女が「油じゃないですか?」と言ったので、「なんか汚いなぁ」と思って足をマンホールからどけた。
工事をしていたとき、交通整理をしていたおばさんは、非常に親切な対応をしてくれた。その素敵さについて二人で話し合った。気持ちのいい道が会社の近所にできてうれしい。
7月7日
七夕になると、「七夕ゼリー」が給食に出た。どんな味だったかすっかり忘れてしまったけれど、「七夕ゼリー」という響きが非常に気に入ったのを覚えている。
上司がスクープされた。ちょっと早めに家を出て、スクープされた雑誌を買った。「これに乗じてサイトのPVが伸びないかしら」と社長に言ったら、眼鏡の真ん中の鼻をひっかける部分がいきなり割れた。「ほら、罰当たりなこと言うから」と社長は苦笑いし、神様はいるんだなぁと感慨深く思った。
眼鏡は見事に真っ二つだった。片方だけかけると、未来の最新機器のようになるのではと鏡の前に立ってみた。これで相手をみると戦闘力などが測れるかもしれない。鏡に映ったのは、壊れた眼鏡をかけてにやにや笑っている地味な女であった。
それにしても、いろんなことをゼラチンで固めたい。もし神様がいるなら、ぷるるんと、私の周りの人たちをゼラチンで固めて、守ってくれたらいいのに。短冊に願い事を書き忘れた。
7月12日
小学校5年生で初潮を迎えた。閉経するまでこれを繰り返すことを知り、非常に驚いた記憶がある。生理の期間を5日と見積もると、少なくとも6人に1人が生理ということになる。お腹は痛く、腰は重い。眠気は襲うし、心はささくれる。6人に1人は、こんな現象に襲われているのに、みんな何食わぬ顔で生きているのだと驚いた。いまだに、閉経までこんなことが続くのかと、非常に驚いてしまう。
女子のナプキンネットワークが私は好きだ。学校で、急に生理になった時、友人に「アレ持ってる?」と聞くだけで、「アレね」となんとなく伝わっていく。女子の間の目配せがさざ波のようにクラス中に広がり、だいたい生理中のクラスメイトにナプキンをもらえることになる。みんなの目を盗んで、こっそりと渡される、ハンカチで包んだナプキンは慎ましい。
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