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甲斐性がないし炎も吹けない(日記)

言いたいことも言えないこんな世の中じゃー
とどちらが歌ったら「ポイズン」と叫ぶ決まりになっている。

これは恋人・かえる君(ヒモ)との鉄の掟だ。ポイズン(毒)というとだいたいのことはポイズンだから諦められる。ポイズン(毒)はどんどんデフォルメ化していくので、原曲を聞くとポイズン(毒)のあっさり具合にびっくりする。

資本主義の妖精に打ちのめされた私は、ポイズン(毒)と叫びたかったのだけど、かえる君は実家の九州に里帰りしていた。

○ ○

4日も会っていないと、かえる君の顔を忘れてしまう。もうおぼろげで、黒いもじゃもじゃした髪と輪郭だけが浮かぶ。

そういえば、かえる君はイケメンだった気がする。背は低いし、がに股だし、髪はもじゃもじゃだけど、まつ毛は長いし、眉毛は歌舞伎役者のようだ。足も長かったはずだし、スタイルもよかったはずだ。私の中のかえる君はどんどん美化されていった。

それとかえる君は、ヒモなのだけれど、ヒモというほどではない。アルバイトをしているし、本当のヒモというのはもっと何もしないはずだ。ヒモになれるくらいだから、男の沽券みたいなものにまったくこだわらないので、威張り散らしたりしない。

さらに、ヒモであることに引け目を感じていない。このことからわかるように、卑屈でもない。威張らず卑屈でもない人間はなかなかいない。人間性を費用で割るとコストパフォーマンスがいい。たとえヒモでも。私の中でかえる君はどんどん理想化されていく。

美化・理想化されたかえる君に労働は似合わない。何もしない本物のヒモになっても構わない気がした。私が甲斐性のある人間になればいい。

早く帰ってこないかなという思いを込めて、ゴルゴ13のラインスタンプを50回送った。まずは、ゴルゴの後ろに雷が配置されたもの。無視された。仕方がないので、銃を構える姿のものを。これまた無視された。迷惑なのだなと納得した。無視されたからといって、銃で脅して悪かったと思った。

かえる君が帰ってきた。

久しぶりに見ると、なんだか期待はずれだった。「なんか変、髪型も変だし、顔も変だし、服装も変だし、全部変」と私は口走り、その違和感が私の勝手な美化にあることに気が付いて慌てて「変だけど、顔はかっこいい」と付け加えた。

そうだよね。とかえる君は「かっこいい」の部分だけに返答をした。

かえる君はお土産を買ってこなかった。威張らず、卑屈でもない彼なら、明太子を両手いっぱいに抱えながら帰ってくるはずだと思い込んでいた。やまやの良い明太子だ。「信じられない」と文句を言うと、以前、お土産を買ってきた時のことを指摘された。

1.ベトナムに行ったお土産に、黒くておっぱいの大きな木の人形を買ったが、「不気味だ」と文句を言われた。
2.アメリカに行ったとき、私の好きなキャラクター(フィニアスとファーブのファーブ)の人形を買ったが、「作画が違う」と喜ばなかった。
3.韓国の空港で買ったサムゲタンのレトルトを、「鳥がこわい」という理由で食べなかった。

どれも、思い当たる。

結局ね、買ってきても、買ってこなくても、文句を言うんだよ。ぼくが明太子を沢山買ってきてもね、明太子の一日の消費量はたかがしれているから食べきれないとか、明太子は卵の塊で命を大量に食べている感じがして悲しくなるから嫌だとか言い出すんだよ。

とかえる君は言った。正論すぎてぐうの音もでない。そういえば、威張りもしないし卑屈さもないが、理屈っぽい男だった。あと記憶力も無駄にいい。この能力を、社会に出て生かせ!働け!と思った。

○ ○

ポイズン(毒)の代替を思いつかなければいけない。仕事からの帰り道、とつぜんそう思った。なにか叫びたいときに、一人でもできる方法を考えなければいけない。

ペットボトルのお茶をぐびぐび飲みながら歩いていたら、とたんに「ファイヤー」という言葉が降りてきた。ファイヤー(炎)。なんて良い響きなんだろう。炎ってことだ。ポイズン(毒)より威勢がいい。

ポイズン(毒)は白衣を着て眼鏡をかけて不気味に笑うが、ファイヤー(炎)は小麦色の肌に白いタンクトップを着て隆々とした筋肉を見せびらかしている。ファイヤーの方が甲斐性がありそうだ。と単純な私は思った。

ちらりと周りを盗み見た。よし、道には私ひとりしかいない。もういい年した大人なので失敗は許されない。ペットボトルを勢いよく口からはがし、口周りの水滴をぬぐうことなく

ファイヤー(炎)

と叫んだ。イメージは、ガソリンを口に含み火を吐くタイプの大道芸人だ。しかし、叫び慣れていないので、思いのほか声は高く小さい、イヤーのあたりで裏返った。急に恥ずかしくなったが、お茶を飲み、火を吐く力を手にいれたことを誇らしく思ったし、秘密裏に進められた自分の要領の良さに感動した。これなら「タスク管理」とやらもできるのかもしれない。

私はいつも社長に「お前はタスク管理ができていない」と注意されるのだった。たぶん、この話は20回くらいされている。社長はきっと何回も注意するのにうんざりしている。しかし、この要領のよさ、タスク管理もお茶の子さいさいであろうし、その先には甲斐性のある私がまっている。

人生余裕だぜ、と喜び勇んで帰っていたら、たまたま社長が前からすれ違った。「おまえ、なんか自分の世界に入りながら歩いているな。やばいな。気をつけろよ」と社長は言った。火を吐き焼き尽くしたかったが、お茶はもう残っていない。

○ ○

夜11時に最寄り駅についた。遅くなったので、かえる君が駅まで迎えにきてくれるというので、ぼんやりと待っていた。

楽しい飲み会で、ビール2杯ですごく良い気分になった。どれだけ良い気分かというと、スキップしたいくらい。「スキップ・スキップ・スキップ、みんな跳ねてぴょん」という曲が頭の中で流れた。そうだスキップをしよう。

私は昔からスキップが得意だった。スキップをしながらやるリレーでエース級の活躍をしたことを思い出した。栄光よ!もう一度!

スキップへの欲望へ支配された私は、力強く、そして軽やかに一歩目を踏み出した。しかし、足はもつれた。時間の流れが急にゆっくりになり、アスファルトの地面が近づく。走馬灯は見えない。

気がついたら、地面に倒れていた。腰と左ひじを強打している。いたい。しかし、何事も無かったかのように立ち上がる。そういうパフォーマンスなんですよ、といった余裕が大事だ。どういうパフォーマンスなのかは見た人に委ねたい。

左ひじから大量の出血をしていたが、すました顔をして耐えた。かえる君が迎えにきた。

さっき、この辺で転んでいた人いなかった? すごい転び方をしていたけど。

私は何も言えなかった。まさか、とかえる君はハッと息を吸い、私の左ひじからのおびただしい出血を見つけた。

恥ずかしいよ、もっとちゃんとした方がいいよ。と、かえる君は私を諭した。正論すぎてぐうの音もでない。先ほどまでごまかすのに必死だったので、恥ずかしがるのを忘れていた。

「これで私がわんぱくだったらこの怪我は許されたと思うんだ」
「うん」
「わんぱくさは、社会の役に立てられるわけでしょ。でも、私はそういうのじゃないから。ボーっとしているだけだから。タスク管理もできないから」
「うん」
「ただ、怪我しただけだったよ」
「そうだよ」
「反省した。私は怪我していい器ではない。そして、君を養う甲斐性もない」

家に帰り調べてみると、左腰からもかなり出血をしていた。救急箱をあさったが、「チッチキチー」(©大木こだま・ひびき)とのコラボ商品、真ん中の□部分に「チ」と書かれている絆創膏しかなかった。むかし、驚安の殿堂ドン・キホーテで50円で大量に安売りされていて、大木こだま・ひびき先生へのリスペクトの気持ちから買っていたのだった。

一個じゃ到底たりず、私の左ひじと左腰は「チ」まみれになった。山本(チ)となった私は、甲斐性のない自分を受け入れ生きていくしかない。あと、真夏なのに暫く長袖だ。こんな世の中じゃ、ポイズン(毒)。

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