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「あれ」の話

実家の沖縄に帰って親戚と話をすると、「あれ」が出てくる頻度がとても多い。

祖母がごはんを食べている時、

「そうえばさ、あれ、あれあったでしょ」

と一言いえば、伯母さんは「はいはい、あれね」と言って、冷蔵庫から昨日買ってきたばかりの漬物を取り出す。

「あれ、あれしたいから、あれしといて」

と祖母が言えば、「はいはい、あれね」と母は言い、ゴミをまとめて出しておいたりするのである。

私は「あれ」で分かりたくないという気持ちもあるし、それ以上にそもそも「あれ」に疎い質である。「ああ、あれね」と言ってやる行動もことごとく間違っている。だから「どれ?」と聞き返すし、おばあちゃんが「あれ」と指さした指先の架空の線を、「ぴぴぴぴぴ」といいながら我が指でなぞって、「あれ」を発見したりする。

この「ぴぴぴぴぴ」と言いながら、指先で架空の線をなぞる動作は、祖母をけっこうビビらせたようで、「あの子は、あんな変な感じで、人からビックリされないわけ。東京でまともに生活していけるの?」と、母に質問したらしい。そう母から聞いた。なんでも筒抜けなのである。

その質問にはこう答えたい。そもそも東京では「あれ」なんて言葉でやり取りすることが多いし、「あれ取って」なんて言われない。東京では多少変な感じでも許される。あと、まともに生活は出来ていない。

* * *  * *

私はライターで、インタビューをよくするが「あれ」的な表現というのは、私にとってなかなかの強敵なのである。「あれ」で通じると、要は文脈を共有していることになるので、話は盛り上がりやすい。しかし、「あれ」が多いインタビューは、テープに起こしてみると、大事なことが抜け落ちていることが多い。

だからインタビュー中は、なんとなく分かったような気にならずに、「あれ」ってどういうことですか? とか、「あれ」ってこういうことであってますか? と聞く必要があると思っている。

とはいえ、やっぱり「あれ」で分かったほうが賢い感じがするし、いちいち聞くのも野暮な感じがするし、インタビューする人に、「この人勉強してきたんだな」と見られたい邪心もあるので、なかなか難しいが、最近やっと「あれ」についての詳細を臆せず聞けるようになってきた。こんなのは初歩中の初歩なのかもしれないが。

あとついつい、普通の会話で「あれ」について聞きすぎてしまって、「インタビューみたいですね」と言われることがある。あれは恥ずかしい。

* * *  * *

そういえば今日、昼ごはんが沖縄そばだった。スープを注ぐ段階まで母が準備してくれていたが、沖縄そばのソフト麺は一度湯通しした方が美味しい。

口からつい「あれ、した方がいいかな」と言い、「あれは、もうしておいた」と母が答えた。あれ、とは湯通しのことである。

「あれ、というばっかりだと、原稿が書けなくなりそう」

とつぶやくと、「沖縄の人は、あれ、ばっかりだからね」と、主語を大きくして母は言う。その直後、

「で、あれどうなったの?」
と母が言い、
「ああ、あれね。あれはまだ」

と私は答え、二人で思わず笑ってしまった。あれ、とは昨日話題に上がった、携帯電話の契約のことである。私はまだあれを、両親にあれしてもらっているあれなので。


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