水を泳ぐ

空気がひんやりとしていて、水の中にいるようだった。薄着で部屋を出たのでなおさらだ。すっかり魚になった気持ちになって、レンタル自転車に乗って間借りしているオフィスに向かう。マスクで息が苦しくても、エラがあれば大丈夫だと思う。たぶんそれは、私が川を渡って仕事場に行っているからだ。海はなくてもこのあたりには川がある。

この前、川を見ながら自転車で走っていたら、水の流れに逆らうように、引っかいたような跡が水面にできていた。大きなカメやワニかもしれないと思ってブレーキをかけ立ち止まる。じっと見ていると、首の長い鳥が泳いでいることが分かった。少しがっかりしたが、首の長い鳥よりも、カメとワニの方が優れている道理はないと考え、自分の感情よりも10秒長く眺めた。なかなか気持ちよさそうだった。

仕事を終える。帰りは電車を使う。いつもと違う道で駅に向かったら、たくさんの水槽が並んでいる店があった。観賞用の魚が売られているようだった。魚に親しみを感じていたので、店頭にならぶ水槽を眺めた。

そのひとつに、葉っぱのような魚がいた。1匹1,1000円、と水槽に書いている。高い。それにしても、見れば見るほど葉っぱに似ている。これは貴重だ。高価なのも仕方ない。葉っぱに似ているのであれば、川魚なのかもしれない。鳥などから身を守るために、擬態したのだろう。なんとしてでも生き抜こうとする姿勢に、私はほれぼれした。今年の冬は、きっと厳しいものになるだろうから、ひらひらと深刻にならずに、生き残ることが大切だ。

そうやって眺めていたら、底の方から灰色でヒゲの生えた魚がにゅっと飛び出してきた。さっきのやつは本物の葉っぱのようだ。

替わりに私は、葉っぱみたいな魚になって、ひらひらと泳ぐことにした。葉っぱみたいな色のコートを着ていてよかったと思う。

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