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僕と伊坂幸太郎

こんにちは。ヤマモトマナブといいます。漫画家です。

月刊誌ヤングキングアワーズにて「キューナナハチヨン」という作品を連載しています。北海道の、とある神社の中にある本屋さんの物語です。

第14話/第15話で、物語中のトラブルを解決する1冊として、僕が本当に本当に大好きでやまない小説家、伊坂幸太郎さんの『砂漠』を使用させていただきました。そのことについての感謝や経緯を、主要な発信媒体として使っているtwitterの字数制限では伝えきれない!…そんなわけで、こちらに書き記そうと思った次第です。

ヤマモトの漫画に興味を持ってくださった方伊坂幸太郎さんの読者の方、もしよろしければ、お付き合いいただけましたら幸いです。長いです。

※日常においてただの伊坂ファンであるヤマモトは、会話等の中では「伊坂さん」という呼び方をしているので、本記事中でも基本そのように書いております。気持ちとしてはは伊坂幸太郎大先生…であるということをご了承の上読み進めていただければと思います。


作品の引用と著作権

漫画「キューナナハチヨン」では、これまでも実在する文豪の作品を引用してきました。山本周五郎『さぶ』太宰治『人間失格』など…。そのどれもが、没後50年を経過した、いわゆる「著作権フリー」の作家の作品です。(※2018年末に改定され、以降の著作権保護期間は作者の没後70年)

こういった文豪の作品を漫画で扱うメリットは、①誰もがその著者名や作品名を知っているので読者が想像しやすいことと、②著作権保護期間が過ぎているため、使用の許可を取る必要がないことです。

一方、現役で活躍されていらっしゃる作家さんや、亡くなってしまったけれどまだ著作権が有効な作家さんの作品は、二次利用の際に許可が必要です。

許可といっても、僕がいきなり作家本人へ連絡するわけではありません。基本的にはこちらの担当編集から、先方の出版社へご相談することになります。結果、作家さんの意向で許可をいただけない場合もあるし、本人に打診する以前に出版社からNGが出る場合もあります。

「キューナナハチヨン」の連載開始にあたり「書店の漫画だし、実在する書籍も登場させよう」という方向性が決まった時点で、「もし現役の方の作品を使うなら、絶対に伊坂さんの作品を!!!」という想いがありました。


ご快諾への感謝

作品への想いは後で語りますが、まずは今回のお願いに対し、ご快諾くださった実業之日本社さま、そして伊坂先生には本当に感謝しています。

お願いにあたっては、作品を引用する予定の第14話/第15話のネーム(粗筋が分かるようにコマ割りや台詞を入れた下書き)60pを予め作成しました。「こんな漫画を描きたいんです」と言葉で伝えるよりも、具体的な資料を提示した方がイメージしてもらいやすいからです。

★★★

準備万端、いざ依頼をしたものの、不安は募ります。

ヤマモトマナブという漫画家の知名度がまだまだ低い現状で、超メジャー級の作家さんの作品を扱いたいという申出が「有名作家を使っての売名行為」と取られてしまわないか。

また、もし僕の漫画自体や、作品の引用方法等が伊坂さんご本人の意にそぐわず、お断りされた場合(たとえその理由がどのようなものであったとしても)、ショックが大きすぎて立ち直れないのでは…? ファンとしての感情が爆発してどうにかなってしまうのでは…? 

そう考えると自分のお願いがとてつもなく命知らずで、恐ろしいもののようにも思えました。あぁ何かお腹痛くなってきた。

担当編集さんからは、「駄目だった場合のために、別の展開も考えておきましょう」と言われていました。返答をいただいてから新しいエピソードを考えていては〆切に間に合わないので…ということです。当然ですね。

★★★

ネーム等の資料を先方にお渡ししてからそう日も経たず、担当編集さんから電話がありました。

「伊坂先生の件ですが……………………OK出ました」(若干溜め気味)

この一報に、その場で小ジャンプが出て変な叫び声も漏れました。

僕が直接やりとりしたわけではありませんが、編集部経由で伊坂さんのご快諾のメールも一部転送していただき、嬉しすぎて毎日眺めています(ただのファン)。

ネーム段階の原稿とはいえ、僕の作品を伊坂さんが読んでくださったこと、僕の想いを汲み取ってくださった…かは分かりませんが、快く受け止めてくださったこと。本当に嬉しいです。

★★★

こうして、『砂漠』を登場させた「キューナナハチヨン」第14話/第15話を、無事皆様の元へと届けることができました。

小説の場面をいくつか、漫画で表現させてもいただきました。

僕自身伊坂さんの作品については原作第一主義者で、コミカライズや映画化作品などは一通り目を通しつつも「原作と比べると…」みたいなことを言い出す面倒な奴です。それと同じものを世に送り出そうとしている自分に矛盾を感じなくもないのですが、原作の魅力と自分の熱量を出来る限り真っ直ぐお伝えできるように、気持ちを注いで描かせていただきました。

もし『砂漠』のことが大好きなあなたの思い描いたイメージを、僕がうまく表現できていなかったら申し訳ありません。

漫画の内容についてはネタバレを控えますが、せっかく伊坂作品を使わせていただくのなら…と、展開にも趣向を凝らせてあります。『砂漠』がどのように物語や登場人物に影響を与えたのか、是非本編でお楽しみください。

改めて、今回の機会をくださった実業之日本社さまと伊坂先生には感謝をお伝えいたします。本当にありがとうございます。

★★★

さて、ご本人や出版社の許可という、(自分としては)かなり高いハードルがあるとしても挑戦したい! そう思ったのは、伊坂幸太郎という小説家が、僕の人生にとって非常に大切な存在だからです。


伊坂作品の魅力と、人生への影響

伊坂幸太郎という作家が僕の人生に与えた影響は、端的には以下の通り。

A)伊坂作品を読んで、

B)こんな構成の漫画を自分も描いてみたい!と思い、

C)オリジナル作品の同人誌を作ってコミケに出したら、

D)会場に来ていた漫画編集者の目にたまたま留まり、

E)「うちで連載目指してみませんか」と声をかけてもらい、

F)商業誌デビューを果たした

という、なんだかこれ自体が伊坂作品みたいな奇跡的な展開ですね。

★★★

僕が伊坂さんの小説に出会ったのは2007年頃、大学生の時。後輩から勧められた『陽気なギャングが地球を回す』を読み、衝撃を受けました。

それまで漫画ばかり読んできた自分は、ここでやっと小説の面白さに気付きます。発売中の伊坂作品を買い集め、同時に他の作家さんの小説などもチラホラと読むようになりました。よく聞く言葉ですがまさに「今までの遅れを取り戻すかのように」。

何作も読む中で僕が感銘を受けた伊坂作品の魅力は、①登場人物の会話の愉快さ、②伏線回収による驚き、③作品間のリンクによる世界観の構築です。

以下、伊坂ファンであれば周知かもしれませんが、簡単に説明してみます。

★★★

①登場人物の会話の愉快さ について。

伊坂さんの小説の魅力としてユーモラスでテンポの良い会話を挙げる方も多いかと思います。登場人物の遣り取りやモノローグがコミカルで、思わず笑ってしまう表現が満載です。

「殺し屋同士の争い」や「首相暗殺の濡れ衣を着せられて逃走」といった危機的状況なのに、登場人物の発する台詞にはどこか余裕が滲む。エイリアンに追われながらもジョークを零す、海外ドラマにも似た雰囲気があります。

そういった、物語の重さと会話の軽さのバランス、伊坂作品を読む際に感じるこの心地良さが、僕が引き込まれた要素のひとつです。

★★★

②伏線回収による驚き について。

これも、伊坂作品といえば!というポイントとしてよく挙げられます。物語の随所に出てきた些細な小物、人物などが、終盤の忘れた頃に再登場し、重要な役割を果たす。そういった「広げた風呂敷を一気に閉じる」物語の構成が鮮やかです。

伊坂作品をいくつか読んだ手練れ(?)になると、「あ、これはきっと後でまた出てくるぞ」と予想しながら読み進めるようになるのですが、それが的中したとしても「先が読めて白ける」のではなく「思わずニヤけてしまう」作りになっているのが凄いところ。

読者を驚かせる仕掛けが毎回用意されているので、いつもワクワクしながら作品を読んでいます。

★★★

③作品間のリンクによる世界観の構築 について。

伊坂さんの作品によく見受けられるのが、「ある作品の登場人物が、別の作品にも顔を出す」という作品間のつながりです。

例えば主人公が働くオフィスの隅で作業するスタッフ。例えば主人公と二言三言会話するだけの青年。物語の本筋には関わらないような場面に「これってあの作品のあの人?」というような記述が登場します。

この「作品間リンク」の仕組み、「物語の舞台が一緒」であることと無関係ではありません。

伊坂さんの作品の多くは、現在お住まいの宮城県仙台市が舞台となっています。(もちろん関東圏など他の地域の物語もあります)

「伊坂幸太郎が描く仙台市」という世界が出来上がっているため、今までに生まれた異なる作品の登場人物達が同居していることに違和感が無く、さらにその「架空の仙台市」が今後も広がっていくという期待を覚えるのです。

自分の暮らす街を舞台に、作品を重ねるごとに自分だけの世界を広げていく。こんな楽しいことがあるだろうか!? と読みながらワクワクする自分がいました。

★★★

他にも魅力を挙げればキリが無いのですが、とにかく当時の僕は、伊坂幸太郎の小説を読んで「こんなことを自分の漫画でもやってみたい!」と興奮しまくりました。

そして2010年、北海道旭川市の高校を舞台に、4人の高校生の行動がドタバタと絡まり合ってトラブルが肥大化する、ハイテンションな短編漫画を携えてコミケに出店し、漫画編集さんにお声掛けいただくことになるのです。

(この短編の制作に大きく影響していたのは『ラッシュライフ』だと思います。出来上がった漫画はそれとは程遠いクオリティですが…笑)

★★★

2013年、商業誌での初連載が叶った作品「リピートアフターミー」は、女子高生とコンビニ強盗が同じ1日を10回繰り返すことになる物語です。2人とも各々の目的達成のために「前回の今日」と異なる行動を取るのですが、それがまた別の結果を呼び起こし、回数を重ねる毎にトラブルが膨らみ、次第に「今日」に潜む大きな危機に引き寄せられていく…。そんなお話。

伊坂さんの小説から感じた「些細な出来事が積みあがって繋がっていく」構成の魅力を組み込み、地元をモデルにした架空都市「北海道朝日河市」を舞台に、深刻化する事件と裏腹にどこか飄々とした登場人物達を用意して、自分なりのSF漫画を描き切りました。

正直売れませんでした(笑)。

でも、今見返してもかなり濃密で面白い作品が描けたなぁと満足するとともに、もっと多くの人に読んでほしかったなぁとも思います。もしご興味持っていただけましたら、電子書籍でお手に取っていただけると嬉しいです。

★★★

…そんなわけで、伊坂さんがいなければ、僕のプロデビューは無かった、あるいはもっと遅くなっていたかもしれません。描いている漫画の内容も、今とは違ったものになっていたかも。

「伊坂さんの小説のおかげで、漫画家になれました!」

なんて、通信販売みたいな謳い文句もいけそうです。

自分の漫画家人生に、そして「こんな漫画を描きたい」という作品観に、大きな影響を与えてくださった伊坂さんは、ヤマモトマナブを語るに外せない大切な存在なのです。


おわりに

現在連載中の「キューナナハチヨン」も、前作と同様、北海道朝日河市を舞台にしています。伊坂さんが描く仙台市のように、ヤマモトマナブの描く「北海道」や「朝日河市」をますます広げていけるよう、精進します。

大変長くなってしまいましたが、最後までお付き合いくださりありがとうございました。

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(あ……肝心の『砂漠』について語ってないじゃん……)

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