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「石掘り小僧の伝説     その一 恐竜象の巻」

 いつのころか、あるところにちょっと変わった子がいた。その子は石を集めるのが好きだった。それも、地面の中の石を掘り出して、気に入った石を集めていた。三歳の頃には、おとなの使うスコップを持ち出して、慣れない手つきで庭の地面を掘り出した。それを見ていたおじいさんは、おとなのスコップでは掘りにくかろうと、鍛冶屋さんに頼んで小さな小さなスコップを作ってもらい、その子に渡した。四歳の頃には、庭のほとんどを掘り返し屋敷の周りまで掘るあり様だった。五歳になる頃には、周りの人々はその子を「石掘り小僧」と呼んだ。もう小さなスコップでは物足りなくなり、おとなのスコップを一人前に使うようになっていた。とても子どもとは思えない力で、石掘り小僧はどんどんどんどん掘りまくっていった。近所の道は穴だらけ。周りの人々は困ってしまった。そこで、おじいさんは石掘り小僧を呼んでこう言った。

「このままでは皆さんに迷惑をかけることになる。わしと一緒に山に入ろう。そこはお前がどんなに掘っても良い場所じゃ。どうじゃ、わしと山の中で暮らさんか」

「うん、おら行く。掘って掘って掘りまくるだ。」

 石掘り小僧はおじいさんと一緒に、着替えや布団、鍋や釜、お米や味噌、塩などを荷車に積んで、山に入って行った。おじいさんは、山で材木として売れそうな木を探し、印を付けて歩いた。石掘り小僧は、山の中をめちゃくちゃに歩き回って掘りまくった。随分遠くまで歩いた時には、掘り出した石はそこに並べておいた。やがてある日のこと、石掘り小僧は小さな滝を見つけた。その滝は、上に川は無くて、岩の間から水がすごい勢いで飛び出していた。

「なんか、変な滝だなぁ」

 石掘り小僧は、滝の周りをうろうろ歩いているうちに、岩と岩の間に小さな穴を見つけた。人がやっと入れそうな大きさだった。

「おや?これは熊の穴か猪の穴かなぁ?うーん」

 石掘り小僧は、木の枝を拾ってきて、穴の中に差し込んでグルグルかき回してみた。穴の中はシーンとしていた。それに木の枝は奥まで届いていなかった。

「これは穴じゃねぇ」

 石掘り小僧は、今度は小石を投げ入れてみた。すると、カラーンコローンと音が響いた。

「深そうだな。これは洞窟だ。よぉーし、探検してみよう。待てよ、道具がいっぱい要るな。今日は帰って準備をしよう」


 石掘り小僧は、夕ご飯を食べながらおじいさんに洞窟を見つけた話をした。おじいさんは翌日、命綱や水筒、ロウソクを入れるカンテラなどを用意してくれた。そして洞窟の入り口までいっしょに行き、石掘り小僧の腰に細くて丈夫な紐を結わえた。

「いいかい、この紐を外してはいかんよ。もしも何かあって助けがいる時は、この紐をちょいちょいと引っ張るんだよ。するとここに付けた鈴が鳴って合図になる。わしはこの辺りで山仕事をしてるからな。油断しねぇで行っておいで」

 石掘り小僧は、でっかいおむすびと水筒を腰に巻いて、洞窟の中に入って行った。しばらくは薄明かりがあったが、やがて真っ暗になった。石掘り小僧は、火打石でロウソクに火をつけるとカンテラに入れて、岩だらけの道を進んでいった。洞窟の壁や天井に光を当てると、岩のデコボコが鬼の顔や化物の姿、はたまた仏様の顔に見えることもあった。やがて行き止まりになって、石掘り小僧はちょっぴりがっかりしたけど、カンテラを照らしてよくよく調べてみると、子どもがやっと通れるくらいの岩の隙間があった。その隙間からは冷たい風がふんわりと吹いてくる。石掘り小僧は、ゆっくりと深呼吸をしてから岩の隙間に頭を入れた。そしてずりずりと少しずつ進んでいった。足の方が岩で塞がっている所は、蛇みたいに横になってうねうねと進んだ。途中でお腹が空いたので、狭い中でなんとかおむすびを出して食べた。水筒の水も飲んだ。ひと休みしてから進むと岩の隙間が少しずつ広くなってきた。そして向こうが薄明るくなってきた。と、その時、腰の紐がピーンと張ってしまった。

「うーん、もう少しで何かありそうだけどな。しょうがねぇ、洞窟は逃げねぇ。また明日出直しだ」

 そう言って、石掘り小僧は来た道を引き返して行った。洞窟の入り口に戻ると、夕焼け空にカラスが鳴いていた。おじいさんが汗びっしょりで山道から出てきた。

「イノシシが獲れたぞ。今夜はシシ鍋じゃ」

 石掘り小僧は、シシ鍋を腹いっぱい食べて眠った。その夜は雨が降りはじめ、やがてどしゃ降りになった。朝になって雨は止んだが、おじいさんは言った。

「山道は雨でぬかるんでるから、今日は紐縄作りを手伝ってくれ」

 石掘り小僧は、昨日途中で腰の紐が足りなくなったのを思い出した。

「うん、おらも手伝うよ」

 こうしてその日は、一日中小屋の中でおじいさんの手伝いをして過ごした。次の日、石掘り小僧は早起きして洞窟に行ってみたが、洞窟からは滝のように水が飛び出していた。

「うわー、洞窟が川になってる、、、。困ったなぁ。でも、おもしれぇ。あの奥に何があるか、おらが突き止めてやる、、、。どうくつー!待ってろよー」

石掘り小僧は、持ってきたいろんな道具を大きな木のウロに仕舞って、道草しながら帰った。途中で、あの洞窟の奥から吹いていた冷たい風は何だったのか考えた。

「うーん、氷の石があるのかなぁ?それとも天狗が、冬の風を吹かす練習でもしてんのかなぁ?」


 石掘り小僧は、早寝して翌朝に備えたが、次の日も次の日もなかなか洞窟から水は引かなかった。こうして五日経った朝、まだ薄暗い頃、石掘り小僧は洞窟の前に立った。水は引いている。

「よし、今日こそは奥の奥まで行ってみるぞ」

 石掘り小僧は腰に紐を結び、いつも通りでっかいおむすびと水筒を腰に結え、洞窟に中に入って行った。洞窟の中の低い所は、まだ水が流れていた。もっと進むと、池みたいになっている所もあった。その水はとても冷たかった。石掘り小僧は、できるだけ濡れないように進んで、奥の岩の隙間に入り込んで行った。やがて、うねうね道も越えてやっと薄明るい広場に出た。光がどこから来ているのか、よくわからなかった。天井の遠い所に小さな光が幾つか見えたが、途中の岩の間からも光が出ているような気がした。石掘り小僧は、ロウソクに火を付け、カンテラに入れて辺りを照らしてみた。広場の真ん中には小さな池があって、その奥の方の壁から水が染み出ているようだった。石掘り小僧は奥の方に歩いていった。どんどん寒くなってくる。奥の壁をカンテラで照らすと、それは大きな大きな氷の壁だった。そして中に何か黒い物が見えた。ゆっくりゆっくり照らしてみると、それはでっかいでっかい真っ黒な毛むくじゃらの象だった。石掘り小僧は、目をまん丸くしてずっと見ていた。絵本で見たことのある象の形だが、家よりも大きく長い毛で包まれていた。

「すっげぇー、巨大な象だ。恐竜象だ」

 近づいて見ると、象の足は少し氷の壁から出ていた。石掘り小僧は、その足の毛をブチッと引き抜いてみた。ユラッと辺りが揺れた気がした。でも、洞窟の広場は静かで、水がちょちょろ流れる音だけが聞こえる。

「気のせいか」

 象の毛を引っ張ってみたけど強くて、簡単には切れない毛だった。

「よーし、明日はここに泊まり込む準備をしてこよう。それと、上の方の光の穴が、どこにあるのかも探してやるぞ。恐竜象、待ってろよ。オラが氷の壁から出してやっからな」

 石掘り小僧は、カンテラの明かりを消して帰ろうとした。その時だった。グラグラー、ゴゴゴゴゴォー。

「うわー、地震だー」

 石掘り小僧は、立っていられなくなって、しゃがみ込んだ。しばらくして地震は収まった。でも帰り道の狭い岩の隙間は、完全に埋まって閉じていた。石掘り小僧は、腰の紐を引っ張ってみた。すると、向こうからもチョイチョイッと引っ張ってきた。

「紐は生きてる。じっちゃんも無事だ。じっちゃぁーーーん」

 でも、おじいさんの声は聞こえない。石掘り小僧は、どこかに帰り道はないかと岩の隙間を探してみたが、とうとう見つからなかった。そのうちにお腹も空いてきたし、眠くもなってきた。

「あの恐竜象の毛をもらおう。おーい、恐竜象やーい、おまえの足の毛をもらうからなー」

 石掘り小僧は、持っていた鉈の背で氷をたたき割り、長い毛をいっぱい集めた。そして平らな岩の上にふかふかになるくらい敷いて、その中にくるまって眠った。

「あったけーなぁ。恐竜象、ありがとなぁ」


 翌朝、石掘り小僧が目をさますと、洞窟の広場はとても明るかった。氷の中の巨大な象もはっきりと見える。しばらく、その象に見とれていたが、石掘り小僧は本当に腹ペコペコになってしまった。

「しょーがねぇ。恐竜象よー、お前の足の肉を食わせてくれー」

 石掘り小僧は、鉈で象の足の肉を切り取った。洞窟の隅の方には、上から落ちてきたのか枯れ木があったので、燃えそうなところを集めてきて、ロウソクから火を移して焚火をした。そして肉を焼いて食った。喉が渇いたので池の水を飲んだ。腹いっぱいになった石掘り小僧は、なんだか眠くなってきて、また毛にくるまってグッスリと眠った。いったいどれくらい眠ったのか、石掘り小僧が目をさますと、広場には明るい光が射していた。そして雀が上の方でチュンチュン飛んでいて、途中に穴があるのか、その中に消えていった。石掘り小僧は立ち上がると、自分の身体中から力がみなぎってくるのを感じた。

「うおぉぉぉー」

 石掘り小僧はひと叫びすると、すごい勢いで崖を登り始めた。そして雀が消えた辺りまで登ると、そこには横穴があって奥の方が明るかった。

「うおぉぉぉー」

 またまたひと叫びすると、イノシシみたいに駆け出して横穴の外に出た。そこはおじいさんと一緒に住んでいる小屋の近くで、ガサゴソ音がしたと思ったら、おじいさんが藪の中から出てきた。

「じっちゃーーーん」

 石掘り小僧が駆け寄ろうとすると、おじいさんは目をまん丸くして腰を抜かしてしまった。

「石掘り小僧、、、か?どうしたんじゃ、その姿は」

 おじいさんがびっくりするのも、無理はなかった。石掘り小僧の身体には、真っ黒な長い毛が生えていたのだった。石掘り小僧は、氷の中に恐竜象が埋まっていたことや、あんまり腹ペコになったので、その肉を焼いて食べたことなどを話した。

「そうだったのか、あの地震からもう五日も経ったんじゃが、里に下りる道が大きな岩でふさがれてしもうて、助けを求めにも行けず、紐の長さで見当を付けて山の中に出口がないかと探していたところだったんじゃ。」

「えーっ?おら何日も眠っていたのかぁ。じっちゃん、その道をふさいでる岩、おらがどかしてやるよ」

 そう言うと、またまたイノシシみたいに駆け出して、おじいさんが追いついた時には、おとなが十人集まっても動かせないような大岩を、石掘り小僧が軽々と持ち上げて、ニコニコしながら

「じっちゃん、どこに置いたらいいかなぁ?」

 おじいさんは、またまた尻もちをついてびっくりした。


   つづく 


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