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「石掘り小僧の伝説 その三  竜宮洞の巻」

 石掘り小僧が久しぶりにおじいさんの小屋に戻ると、大勢の人たちが集まっていた。みんなシャベルや箒や小さな刷毛や、いろんな道具を持っていた。おじいさんは石堀り小僧を見つけて言った。

「おぅおぅ、石掘り小僧よ、ちょうどいい時に帰って来た。実はこの方々は、大昔を研究している人たちじゃ。おまえが掘り出した古代遺跡を調べてみたいと言うてな、遠くから集まって来て下さったのじゃ。この人たちが調べている間、すまんが向こうの山で石掘りをやってくれんかのう」

「うん、おら向こうの山に取り掛かるよ」

 集まった人たちは、石掘り小僧にお礼を言ってから

「さぁ、皆さん、それではここに宿舎を立てる組、里に食糧を調達に行く組とそれぞれに分かれて早速始めましょう」

 と、手拭いをかぶった女の人が言った。それを聞いて、石掘り小僧は材木運びを手伝った。何しろおとな五人分の力だからみんな喜んだ。宿舎は翌日には出来上がってしまった。石掘り小僧はおじいさんに、向こうの山までは遠いので、自分も向こうに住みかを作ってみたいと相談した。おじいさんは米や味噌を持たせてくれ、この米が無くなったら帰っておいでと送り出してくれた。石掘り小僧は恐竜肉を取りに行って、味噌の中に漬けて持って行った。途中で小さな洞窟を見つけて、そこに泊まった。そしてどんどんどんどん歩いて、二日目の昼過ぎに向こうの山に着いた。ちょうどいい洞窟があったので、木を切って丸太でベッドを作って眠った。その夜、石掘り小僧は変な夢を見た。大きな大きな湖を石掘り小僧は、竜の背中に乗って進んでいた。そのうち、石掘り小僧が竜になっていて、湖の底に向かっていくと、何か大きな建物が見えてきた。そこで目が覚めた。

「あれは、本で読んだ海ってもんだ。いつか、おらも行ってみてぇなぁ」

 石掘り小僧は、自分が泊まった洞窟の奥を探検してみた。思ったよりも深い洞窟で、半日進んでも行き止まりにならなかった。それに、人が掘った跡に見えるところもあった。

「こりゃぁ、また地の底の人たちの所につながってるのかなぁ」

 石掘り小僧は、もう石を掘ることよりも探検することが面白くなってきた。翌朝、洞窟の前の木に目印の布を結んで

「じっちゃん、おらぁ、大冒険に行ってくるよー」

と、大声で言って出発した。

 洞窟の中の道は、一本道でずっと奥までつながっていた。ところどころには、ずっと上の方から明かりが射している広場があった。そしてそういう所には泉があって、きれいな水が湧き出ていた。石掘り小僧は竹筒に水を汲んで、一口飲んでみた。

「うめぇぇぇ、これはじっちゃんの山の水より、うめぇかもしんねぇ」

 こうして石掘り小僧は、朝になるとご飯を炊いて一日分のおにぎりを作り、恐竜肉の味噌漬けを焼いて、食べられる草がある時はいっしょにムシャムシャ食べた。三日目になると、一本道の脇に流れていた水が、だんだん大きくなって川になった。そして五日目には、その川の水はだんだん塩辛くなるような気がした。六日目にはとてもとても辛くて飲めなくなった。石掘り小僧は、海の水は塩の水だと本で読んでいたので、もうすぐ海かもしれないとワクワクして、早足になっていった。やがて七日目の昼、洞窟の向こうが明るく輝いて、とうとう海に出た。

「でけぇぇぇ、海だぁぁぁ、ずーっとずーっっっと海なんだぁぁぁ」

 石掘り小僧は、嬉しくって勝手に目から涙がボロボロこぼれた。そして陽が沈むまで、ずっと見ていた。


 翌朝、石掘り小僧が海岸沿いに歩いていくと、やがて岩場から砂浜に出た。広い砂浜だった。ずいぶん向こうに大勢の人がいた。近づくとその大勢の人たちは、海の中から太い綱を引っ張っていた。

「うわー、まるで綱引きみてぇだ」

 近くにいた女の子に、石掘り小僧は挨拶してから聞いてみた。

「あの人達は何をしてるんだい?」

「何って、、、地引網を引いているんだねぇ。あんた、どこから来たんだい?」

「おらぁ、あの山の向こうの、もう一つ向こうの山から来たんだぁ。初めて海を見たんだよ」

「ええっ?そうかねぇ。大きな魚がかかったみてぇで、なかなか引っ張りきれねぇんだよ」

「そうかぁ、なら、おらも手伝うよ」

「子どもが行ったらおこられるよー」

 石掘り小僧は、もう駆け出していた。そして地引網の綱をつかむと、じわーっと力を込めて引いてみた。すると、ずるずると地引網が上がって来た。大勢の人達は叫び声をあげた。

「来た来たー」

「引けー、引けー」

「わっしょい、わっしょい」

 やがて上がってきたのは、いろいろな魚に混じった大きな大きな亀だった。人々はあまりの大きさにびっくりして、手を合わせて拝む人もいた。そして絡んだ網を外して逃がしてやった。

 石掘り小僧は女の子に聞いた。

「せっかく上げたのに、なんで逃がすんだい?」

「亀は竜宮からのお使いだからよ。逃がすのが掟だ」

 やがて、掛け声をかけていた大きな男の人がやってきて

「やぁやぁ、助かったぞ。それにしても、おとな顔負けのすごい力持ちだな」

「おいらは石掘り小僧だ」

「おぅおぅ、そうか、噂は聞いてるぞ、古代遺跡を掘り当てた子だね」

「うん」

「今日はわしの家に泊まっていってくれ、精一杯ご馳走するぞ。わしは漁師の長のモリゾーじゃ。サチャ、家に案内してやってくれ」

 さっき浜で会った女の子が答えた。

「うん、おとぅ、先に帰ってるよ」

 こうしてその晩、石掘り小僧は漁師のモリゾーの家に泊まった。魚、貝、海藻どれもこれも、いままで食べたこともない海のご馳走が並んだ。石堀り小僧は腹いっぱい食べて、海のいろいろな面白い話も聞いてぐっすり眠った。翌朝から石掘り小僧は、漁師の手伝いをすることになった。破れた網の繕い方や釣り糸の結び方、そして泳ぎ方を教わった。どれもこれも初めて見たり聞いたりすることで、石掘り小僧は大喜びだった。夢のような毎日があっという間に過ぎて一ヶ月が経った。その頃には船も上手に漕げるようになっていた。ある日のこと、モリゾー船長の船に乗って漁に出かけた石掘り小僧は、竿は使わず糸釣りで魚を釣っていた。しばらくしてモリゾー船長が

「今日もまずまず大漁じゃぁ、そろそろ帰るとしようぞぅ」

と言った時、石掘り小僧の持っていた糸がギューンと引っ張られた。

「おおっ、これはでけぇ」

と言う間もなく、石掘り小僧は海の中に引きずり込まれていった。船のみんなは次々に海に飛び込んで助けようとしたが、石掘り小僧は深く深く引っ張られて行き、誰もついては行けなかった。石掘り小僧は息が切れそうになって、つい握っていた糸を離してしまった時、深い海の洞窟に着いた。そこには空気があって、石掘り小僧は大息ついてハァハァ言った。

「もう少しで水を飲んで沈んでしまうところだった。でも、ここはどこなんだろう。モリゾーさんもみんな心配してるだろうなぁ」

 石掘り小僧は、もう一度深呼吸をしてから大きな声で叫んだ。

「おらぁ、生きてるよー、元気だよー」

 洞窟の中は薄っすらと明るくて、足元も見えたので奥の方へ歩いて行った。するとじきに大きな広場に出て、魚の顔をした人が現れた。

「石掘り小僧よ、竜宮へようこそ。私はここの魚人です。あなたのことは地の底の人々から聞いております。急に引っ張って来て申し訳ないことですが、是非とも力を貸して下さい。お願いいたします」

 石掘り小僧は、案内されて竜宮のお城に入った。そこは色とりどりのサンゴでできた建物で、絵本で見た竜宮城にそっくりだった。たくさんの魚人が大広間に集まっていたが、みんな悲しそうにうつむいていた。一番奥に大きな台があり、その上に大きなヘビみたいなものが置かれていた。その前で頭に飾りを付けた魚人が、何かわからない言葉で唱えていた。でも石掘り小僧には、気持ちのゆったりする響きだった。やがて唱え終わったのか、その魚人が石掘り小僧の前に来て言った。

「これは最後の竜のお葬式です。竜宮の守り神がとうとういなくなるのです。この竜宮城はやがて滅びます。私たちは、もっと深い海の底にある竜宮洞に行くしかないのですが、その場所がわからないのです。言い伝えでは、その洞窟は龍の頭の形をしているそうです。石掘り小僧よ、竜宮洞を見つけて下さい。今夜はご馳走を用意してあります。ゆっくり食べて、パワーを付けて下さい‎」

 石掘り小僧は、見たこともないご馳走をお腹いっぱい食べてぐっすり眠った。


 一方モリゾーは心配で心配で、明日には山奥に行って、石掘り小僧のことをおじいさんに話さなければならんと思っていた。ところが翌朝になると、おじいさんがモリゾーの家を訪ねて来た。おじいさんは、石掘り小僧に持たせたお米はもう無くなっているはずなのに、なかなか帰って来ないので探しに来たのだった。モリゾーが涙ながらにこの一ヶ月余りのことを話すと、おじいさんは

「あの子は本当に変わった子でなぁ、不思議なことがいっぱい起こるのじゃよ。モリゾーさん、そんなに心配せんでもだいじょうぶじゃ。もしかしたら、今頃竜宮城で温泉でも掘っているかもしれんよ」

 モリゾーはそれでもまだ心配だったが、ちょうどその時、村の若者たちが浜で大声をあげてモリゾーを呼んだ。モリゾーも大急ぎで浜に駆け出していくと、前に逃がしてやった大きな亀がいた。亀は口に何かくわえていて、モリゾーを見るとポロンっとそれを口から離した。そしてまた海へ帰っていった。モリゾーがそれを拾ってみると、見たこともない不思議な布に書かれた手紙だった。

「おいら、元気だよ。しばらく竜宮の人達の手伝いをしてから帰るよ。みんなも元気で待っててね」

と、書いてあった。

 モリゾーもサチャもおじいさんも、みんな喜んだ。モリゾーは

「今日はこの浜でお祝いじゃぁ。皆の衆、さっそく取り掛かろうぞぉ」

 こうしてその日は、みんなで海にお祈りしてからご馳走を食べた。おじいさんも、海辺の村でゆっくり過ごしてから帰っていった。


 竜宮城で一晩眠った石堀り小僧は、目が覚めると朝ご飯が用意されていて、案内役の魚人が待っていた。

「これは龍の肉でございます。これを一口食べれば、どんなに深い海の底でも息ができ自由自在に動き回れます。どうぞ、お召し上がり下さい」

 石掘り小僧が一口食べてみると、お腹の底からすごいパワーが湧いてくるのを感じた。それは恐竜肉を食べた時よりもっともっと強いものだった。

「魚人さん、おらぁ行ってきます」

「よろしくお願いいたします。このダイオウイカに乗って行って下さい。海の底では一番早いイカです」

 頭に飾りを付けた魚人も見送ってくれた。ダイオウイカは石掘り小僧を乗せると、すごいスピードで真っ暗な海の底目指して進んでいった。イカの胴体には、チョウチンアンコウが何匹もへばりついていて、深くなればなるほど明るく輝いた。そのおかげで石掘り小僧は、真っ暗な深い海の様子も見ることができた。こうして何日か海の底を探してみたけれど、竜宮洞は見つからなかった。そしてある晩のこと、魚人が石堀り小僧に言った。

「今夜は一年で最も月の光が強くなる満月です。ご馳走を作ってお祭りします。たくさん食べて疲れを癒してください」

 竜宮城に飾られたたくさんの貝殻が、月の光に反射してきらきら輝いていた。石堀り小僧が見とれていると

「竜宮城は一年に一度だけ、こうして月の光に照らしだされるのですよ」

と、魚人さんが説明してくれた。

 石堀り小僧は、少し考えていたが

「そうだ、竜宮洞にも光は届くのかもしんねぇ。おらぁ、行ってきます」

と叫ぶと、ダイオウイカに飛び乗り海の底へ潜って行った。しばらく探していると、一筋の光が海底の方に伸びている。その光に沿ってどんどん潜っていくと、石の壁やアーチ型のトンネルのようなものが見えてきた。

「あっ、亀の形の石もある。こっちは三角のとんがり石だ」

 そして、光の行先には竜の頭があった。光は龍の頭に当たり二つの眼玉が輝いていた。

「とうとう見つけたぞ。ここが竜宮洞だ。ダイオウイカよ、この場所を覚えておいてくれよ。それにしても、ここも古代遺跡に似ているなぁ」

 石堀り小僧は、石の壁を一周してから、竜の口に入って行った。しばらく進むと空気のある洞窟に出た。岩場に上がると大きな広場があり、その天井はとても高かった。その奥には竜の形が掘られた石の門があり、それをくぐるとサンゴの石で作られたお城があった。

「これは、大昔の竜宮城だ。いったい誰が作ったんだろう。サンゴの石も今の竜宮城よりでっかいなぁ。よし、早く魚人さんたちに知らせよう」

と言って、石堀り小僧はダイオウイカに飛び乗って、竜宮城に戻って行った。


 石堀り小僧が帰ってくると、竜宮城ではまだお祭りが続いていた。

「おーい、みんなー、竜宮洞が見つかったよー。ダイオウイカが場所を覚えているよー」

と、石堀り小僧は大声で言った。竜宮城のみんなは大喜びして踊りだした。やがて魚人さんたちがやって来て、石堀り小僧にお礼を言った。

「石堀り小僧よ、本当にありがとう。おかげで竜宮洞に引っ越すことができます。私たちは、これから一年かけて準備して、一年後の満月の夜に竜宮洞でお祭りをします。その時は是非ともおいでください。この亀がお迎えに行きます。その時海の中でも息ができるように、この竜の干し肉を持って行ってください」

 こうして石堀り小僧は、翌朝大きな亀に乗ってモリゾーたちの待つ浜に帰っていった。



     おしまい

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