悲しみと虚脱の回転寿司
僕は週末、たまに回転寿司に行く。最寄りの駅から3駅くらい先にある店だ。駅からも10分くらい歩いてようやくたどり着く場所にあるんだけど、その面倒くささも特別感があってなんとなくいい。
その店では、注文は全て端末で行われる。自分が注文した寿司が目の前を通るときにはアラームが鳴って知らせてくれる。その指示に従って皿を取ればいいわけだ。
しかし、便利な反面、このシステムは誰しもが初見で使いこなせるものではない。やはり、隣に座っている高齢のご婦人とはソリが合わないようで
「ウニはどうやったら注文できるのかしら?」と操作法を聞かれたので、
教えてあげりしていた。
その後しばらくは何もなかったのだが、婦人は端末を使いこなせているようで、数分後には「ここの茶碗蒸し、美味しいわよ〜」とメニューのレコメンドまでしてくれた。
しかしこの日、僕はどうしても1人で回転寿司を楽しみたい気分だったのだ。
こんな触れ合いは求めていなかった。もともと相手のステージに引き込まれて会話を進行されるのが苦手なんだ。僕はこれ以上話しかけられないようイヤホンをつけて、ネットラジオを聞き始めた。
しかし、婦人はイヤホンも意に介せず、再び話しかけてきた。
「あの、今トロサーモンを頼んだんだけど、トイレに行きたくてね、来たら取っておいてもらってもいい?」
僕は「あ、いいですよ」と即答した。
「よろしくね」
と婦人はトイレに立っていった。
その数十秒後、件のトロサーモンが来た。婦人の席の端末がアラートでそれを知らせる。
僕はその皿を睨みつけながら見送った。そう、見送ったのだ。
見送ってから、手の届かないところに行ってしまってから、取ってあげればよかったんじゃないか? と罪悪感がこみ上げて来る。
その後、戻って来た婦人には「トロサーモン来た?」と聞かれたが、
「いいえ、まだ来てないですよ」と嘘をついた。
僕はいたたまれず、そのまま即座にお会計をし、退店した。
あとから調べたら、取り逃がしたお皿は店員さんが直接席に持って来てくれるらしい。僕のついた嘘は店のシステムによって回収された。
みなさんならどうします?
仲良く談笑しながら寿司を食べます?
それとも、もっといい店にでも行きますか?
僕はまた同じ店に行き、
同じことがあっても、
同じように嘘をついて、悲しみと虚脱とともに退店します。
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