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さあちゃんへ (1989年冬)

 

さあちゃん

さあちゃんがうまれた日の夜
ママはなんだか眠れなくて
病院の小さな窓から
夜の空を眺めていました

外は、冷たい1月だから
おつきさまも
おほしさまも
でんしんばしらも
かちんかちんに凍りつきそうな
そんな夜だったけど
ママはなんだかあったかくて
ぽかぽかしていて
そのうえすごくどきどきしていて
この不思議な気持ちはなんだろう、って
となりで眠っているさあちゃんに
たずねてみたりしたのだけれど
すやすや眠ってばっかりのさあちゃんは
なんにもおしえてくれない

とてもちいさなさあちゃんが
どうしてここにいるのかなぁ、なんて
なにもかもが不思議だらけで
それでも、さあちゃんの
小さな小さな寝息が
ママよろしくね、っていってるみたいで
あわてて、こちらこそ、って
こたえたママでした

その次の朝からは
なんだかまるで
ビデオの早送りみたいな生活で
ミルクだ、おむつだ、おふろだ、って
家の中をあっちこっちと走り回って
パパなんて
さあちゃんって、ちいさいくせに
なかなかやるなぁ、なんて
すごく感心していた
だって、一人で
大のおとなを二人も
びゅんびゅん振り回してるような
そんな感じだったから

そのうえ
夜中におっぱいちょうだいなんて
毎晩毎晩せがんで泣いて
それも何度も何度も泣いて
ママはおっぱいだして
おむつをかえて
だっこしたり
おんぶしたり
いまはもう
ただなつかしいだけだけど
あのころは
ママだけではなく
となりで寝ていたパパも
きっと寝不足だったとおもうな

でもパパはいちども
別の部屋で寝ようとはしなかった
どんなに眠くても
どんなに疲れていても
目が覚めたときに
となりにさあちゃんがいる、ってのは
なかなかいい気分なんだ、って

そんなパパに
すこしだけ、すこしだけだけど
やきもちをやいたママでした

そういえば
1年目のなつのこと
窓には風鈴が
チリン、チリンってゆれるころ
さあちゃんがうまれてはじめての熱をだしました

その夜はまちの花火大会の日で
さあちゃんが、天井をみつめて
うんうんうなっているというのに
外では、大きな花火の音が
ばぁ~ん、ばぁ~ん、ってうるさくて
ママはまっくらな空高く
悲しいくらいに美しく
ひろがってはきえていく花火に向かって
しずかにしろ~、なんて
さけびたい気持ちでした

次の日も、次の日も熱はさがらず
ひたすら上がる一方で
さすがに40度になったころには
さあちゃんもぐったりしてきて
ママは胸がどきどきしてきて
あわててタクシーをよんで
急いで病院に行きたいのに
タクシーはなかなか来てくれなくて
そのうち雨までふってきて
ママは涙がどんどんこみあげてきて
まっかなかおをしているさあちゃんを
抱きしめるほか何もできなくて
でも結局は突発性の熱で
どんなあかちゃんでも必ずかかるという
へんてこな病気で
何も心配いらないと
お医者様はいっていたけど
心配しない親なんて
この広い世界中さがしても
どこにもいないと
ママは真剣に
本当に真剣に
そう思った

でもそれからというものの
病気なんてひとつもせずに
たくましいというか
おてんばというか
これでは将来が心配だ、なんて
みんなが笑ってしまうくらいに
元気いっぱい走り回って
ごはんをもりもり食べて
夜はぐっすり眠るようになって
せいいっぱい笑ったり
いっしょうけんめいおこったり
この世の終わりみたいに
わんわん泣いたりしながら
どんどんどんどん大きくなってる

いつのまにか
ぶらんこにのれるようになったり
おはようがいえるようになったり
お手伝いをしてくれるようになったり
昨日あったことを
おはなしできるようになったり
それはほんとに「いつのまにか」に
できるようになっていて
こちらが気を付けてみていないと
見落としてしまうくらいに
なにもかもが
突然にはじまったりするんだよね
だからパパとママは
いつもすごくびっくりして
でもすごく嬉しかったりする

そんな風に
あっというまに
1年がすぎて
あっというまに
別の1年が過ぎようとしている
パパの毎日も
ママの毎日も
少しだけ忙しくはなったけれど
確実にしあわせの数が
増えてきているような気がします
庭にまいた1つの種が
大きく育って
花を咲かせて
そしてまた実をつけて
つぎの年には
なんばいもの芽をだすように
しあわせでいる、ってことは
簡単なことのようだけれど
ほんとはなかなか難しい
だからさあちゃん
さあちゃんは幸せの天使だね

これから色々なことが
さあちゃんを待ち伏せてる
つらいこともあるかもしれない
くやしいこともあるかもしれない
こわいこともあるかもしれない
でも忘れてはいけないのは
それよりももっともっと
たのしいことや
うれしいことや
わくわくすることや
おもしろいこと、が
たくさんたくさん待っている、ってこと

それから
恋をしたり
夢を追いかけたり
生きていくって事は忙しいね
 
パパもママも
まだまだバリバリの現役だし
やりたいこともたくさんあるし
ああ、忙しい
すごく忙しい
でも毎日がすごくおもしろい
そこに強力なメンバーが一人加わって
ほんとに頼もしい限りです
これからは
なんてったって
チームワークよね

でも最優秀新人賞は
さあちゃんに決定いたしました
「これからのますますのご活躍を期待しています」


〜2歳の誕生日のちょっと前に。成田の空の下で。ママより。〜




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