見出し画像

カマラハリス副大統領が出馬した影響とは

Harris’s whirlwind search for running mate enters final hours as she prepares to take new Democratic ticket on the road

訳:民主党での正式な大統領候補指名を前にハリスの慌ただしい副大統領候補者探しも最終段階に(CNNより)。

【解説】

アメリカ大統領選挙は、バイデン大統領が続投を断念して選挙から離脱したことで、選挙の構図がより明快に絞られてきました。
今回は、民主党での大統領候補の交代劇に焦点をあてて解説しましょう。
実は、バイデン大統領は大統領候補から撤退する旨の演説を行った24日に、カマラ・ハリス副大統領がその事実を知ったのは、彼の決意表明の2時間後だったといわれています。日本の一部の識者が、民主党の出来レースというふうに批判している今回の交代劇ですが、実はホワイトハウスの中は彼らが思っているように、政治的なものではないのです。
大統領は行政の長として常に議会をどのようにコントロールするかを気にしています。確かに民主党には、バイデン大統領の老齢による認知力の低下が選挙に決定的な影響を与えることへの危惧が広がっていました。特に、ニューヨークの上院議員で民主党の重鎮チャック・シューマー氏などが、問題の深刻さを指摘していたことは事実です。その背景には、緊迫する中東情勢の中でバイデン政権が明快なイスラエル批判を行えなかったことも含まれています。
チャック・シューマー氏は、ニューヨーク市の一部となるブルックリン地区から上院議員になった同市のユダヤ系住民を代表する存在です。そんな彼の地盤にはユダヤ系の中でも最も右寄りの人々が居住していることもあり、彼は常にイスラエル支持の立場を貫いていました。しかし、今回のイスラエルのガザ侵攻にあたり、そんな彼もイスラエルの現政権には痛烈な批判を加えていたのです。
それはいうまでもなく、現在のイスラエルを支持することが、民主党のビジョンと矛盾してしまうことです。人種の融和と民主主義の堅持という民主党の根本原理をイスラエルが逸脱している以上、この政策を容認することは従来の民主党支持者を失うことになりかねないからです。

現にバイデン大統領はナタニエフ首相との関係は維持しながら、ゆるやかにガザ問題を解決しようとしていました。このことにチャック・シューマー氏をはじめとする民主党の主だった人々は危機感を募らせていたのです。
このことと、バイデン大統領の認知度の低下からくる失言の問題とが、議員の中に今回の選挙に勝てないという危機感を募らせます。しかし、バイデン大統領は長年のキャリアの中で培った人脈によって、彼をサポートする人々に囲まれていました。その最も大きなグループが黒人の人権を擁護する人々でした。彼らは正に民主党のビジョンを掲げ、バイデン大統領と選挙戦を乗り越えようという姿勢を崩しませんでした。
従って、民主党内部に亀裂をつくることなく、この状況を変えることができたのは、実はバイデン大統領ただ一人だったのです。
そこで、チャック・シューマー、ナンシー・ペローシ、バラク・オバマといった民主党の中核を担う人々が個々にバイデン大統領の説得にあたったというのが今回の離脱劇の本当の姿だったのではと思います。

そもそも認知力の落ちているバイデン氏が事態の重大性を認識できていたかも不明です。ホワイトハウスの中枢は、側近と家族、そして大統領を支持する人々によって囲まれた、実に家族的なところなのです。このサークルの中には時には対立する政党の関係者も含まれることがありました。しかし、トランプ政権以来、そうした古き良き伝統すら維持できなくなったほどに、民主党と共和党の分断が進んだのです。おそらく、バイデン大統領が最後に離脱の決意をした背景には、こうした家族的な取り巻きからの切実な説得もあったのでしょう。

さらに、大統領選挙は資金のいる大仕事です。民主党は伝統的に個人からの献金を含めた資金調達力に長けた政党です。しかも、対抗するトランプ氏は自らが係争中の裁判もあり、相当な資金を選挙以外の活動に使用せざるを得ないのが実情です。となれば、せめて民主党の選挙運営の献金マシーンが健全であればよかったのですが、バイデン大統領の失言が目立つにつれ、その額がどんどん少なくなっていったのです。そして、資金面でも支持率の面でもバイデン大統領では戦えないという現実に直面したときに、トランプ前大統領銃撃事件がおきたのです。この結果、銃撃を受けながらも拳を振り上げた彼の姿にタフなカリスマ性を感じた人々が、新たなトランプ旋風を巻き起こしました。民主党には決定的な打撃となったのです。
こうした事態を見詰めた末に、バイデン大統領の7月24日の突如の離脱発表となったのです。ただ、離脱にあたっての演説は見事でした。「民主主義の価値を守るために、自らの資質にこだわることを諦める」という発言は、マスコミからも高い評価を受けて、勇気ある撤退と評価されました。このお膳立てで、ハリス副大統領が次期大統領候補として指名されるようになったのです。

カマラ・ハリスはカリフォルニアの司法長官という経歴を持つ法曹界の人物です。彼女の左寄りのスタンスは昔から知られていましたが、その政治的な手腕は副大統領になってからもあまり公にはなっていません。そんな彼女がこれからどれだけ政治と外交に長けた副大統領候補を選んで選挙に臨むのかが、選挙戦に大きな影響をあたえるはずです。法人税を引き上げ、中間所得者や低所得者への支援をもとに、中国とは一定の距離を保ちながらも共存の道を探り、移民政策には寛容という民主党の基本方針を踏襲するために、どのような具体的なビジョンでトランプ候補に対抗するか、状況はまだまだ流動的です。

一部の日本の識者は、カマラ・ハリスの笑みを自信のなさのあらわれと分析します。この批判にもかなり無理があります。彼女は頑固なほど強い意志をもった人物です。彼女に政治的に未熟な面があることは確かに否めません。しかも、彼女が司法長官時代にカリフォルニアで行った司法政策がマイノリティや低所得者に寛容であった結果、コロナ禍をへてサンフランシスコなどの大都市の治安が極度に悪化したという根強い批判があるのも事実です。しかし、当時から一貫して自らのスタンスを貫いたカマラ・ハリスには相当に強い信念があります。
民主党リベラル派の政策に矛盾を感じはじめている有権者をどのように引き戻すかは、彼女にとって大きな課題です。ただ、そのために極端な政治的妥協をすれば、民主党支持者の間にも波紋が広がります。もちろん、法曹界出身で、国際問題に直面したことのない彼女が、ウクライナやガザといった国際問題、EU諸国や日本との今後の連携にどこまで指導力を発揮できるかは未知数です。それだけに彼女を補佐できる副大統領の指名はとても重要ことなのです。

アメリカの大統領選挙は最後まで予測が難しいものです。今回は、通常はそれほど重要視されない副大統領の資質が問われるのは必然でしょう。トランプ陣営で副大統領候補となったバンス氏と、ハリス氏が指名する副大統領候補とのディベートは選挙の行方に大きな影響を与えるかもしれません。
とはいえ、ハリス氏の指名によって、有権者の選択のための論点がより明快になってきたことは事実のようです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?