飼育

達夫は今日も上司に怒鳴られていた。ここのところ連日である。しかし今日のミスは達夫が悪いわけではなく、部下のミスであった。しかし彼がそれを言うと怒りを増幅させるだけだということが彼には分かっていた。だから彼は黙ってそれに耐えていた。



「先輩。ほんとによかったんですか。あれは僕の確認不足ですよ。」



達夫がデスクに戻ると、部下の村上が困り眉にしながら話しかけてきた。



「いや、いいんだ。課長に呼び出された方が負けなんだよ。」



そう言って達夫は村上の肩をたたいた。彼はとても申し訳なさそうにしていた。



家に帰ったら、妻がいびきをかいてソファーで寝転がっていた。今日も彼の分の夕食は用意されていないようだった。最近の彼に対する妻の対応は、彼女が育てているサボテンの方がよっぽど手厚く扱われているように思った。原因はよくわからないが、恐らく倦怠期なのだろう。



しかし達夫は、これらの日常のストレスの発散方法を知っていた。それは、上司や妻を動物に例えることだった。怒りで顔を真っ赤にする上司の姿をチンパンジーに例えたり、食べたらすぐ寝転がる妻を牛に例えたりするのだ。そうすることで、彼のストレスはしぼんでいくのだった。また、彼は自分を飼育員に見立てることが多くなっていた。そうすることで、自分だけ人間であるという高揚感に浸ることが出来た。



そうこうしていると彼は自分以外の人間はもうすべて動物にしか見えなくなっていた。彼はゾウとウサギによる朝のニュースを見てから、猿の群れをかき分けて会社に向かう毎日だった。今日もチンパンジーが唾を吐きながら何かを訴えていた。もう二週間連続であった。以前は部下であった木村も、もうすっかりキツネぶりが板についていた。家に帰ると牛が乳を上に向けて寝ていた。彼だけが飼育員だった。



翌日、彼は出張に出かけていたが、予定より早く終わり帰路に就いた。リビングのドアを開けると、ソファーで牛とキツネが交尾をしていた。彼は、牛の寝床であるソファーにキツネがいるのは飼育員のミスだと叱責されかねないと恐れた。彼はキツネを家に帰すよう優しく促した。発情期の動物はヘタに刺激すると攻撃してくる恐れがあったからである。キツネは少々パニックになっているようであった。彼は牛の寝床を整えてあげるためにカーテンを閉めようと思った。牛が間違えて窓に突撃したら大変だからである。達夫が窓に近づくと、そこには美しい夜景と、醜いガマガエルが映っていた。

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