運命の赤い糸

「私たちって、運命の赤い糸で結ばれてたのよ」

というセリフはフィクションのなかで見聞きしたことある人がほとんどだろう。そしてそれに当てはまる人の全員が、その存在を信じていないことも私は心得ている。

その上で言わせて頂きたいのだが、運命の赤い糸はあるのだ。なにせ私の仕事は男女の小指についている赤い糸を結ぶ仕事なのだから。

私はこの仕事を初めてもう500年になる。だが未だ昇進は叶わず、日々淡々と上から指示された男女が出逢い、恋に落ち、ゴールインするまでを見届ける退屈な日々を送っている。私は人間の幸せに全く興味がない。あるのは自身の昇進話のみだ。全く、少しは私の仕事ぶりを評価して頂きたい。なにせ豊臣秀吉とねねを結びつけたのも、ジョン・レノンとオノ・ヨーコを結びつけたのも私だというのに。

君たちの身の回りにもいないだろうか。やけにお見合いを勧めてくる親戚や、合コンを開催したがる友人の存在が。それはほぼ私の同僚だ。私たちは人間界にすぐ馴染むことができるから、すぐ男女の出会いの場を提供し、上手くいったらすぐに姿を消す。しかし誰も我々が姿を消したことには気づかない。それが我々の特技である。

今日のターゲットは28歳、売れない女優をしているという。28歳になっても親のスネをかじって生きているのかと、私は出会い頭に説教をしてやりたい気持ちに襲われたがそこはグッと堪えよう。余計なことを口走って昇進に響いたら大変だ。今回の私はおせっかいな高校時代の友人という設定らしい。早速ターゲットに話しかけた。

もちろん彼女は私のことなんて知るはずもないのだが、私が話しかけた瞬間に彼女は懐かしさに目を細めた。私たちは近くのカフェにはいり、架空の思い出話に花を咲かせた。

「先輩聞いてください!私今度結婚するんですよぉ!このあと彼と待ち合わせなんで、せっかくなんで先輩にも紹介しますよぉ。」

なんと話が早い。私が手はずを整えなくても、彼らは出逢って結婚の約束まで取り付けていたというのか。

「あっきたきた!こっちだよー。あっ先輩紹介しますね。こちらが婚約者のケンジです!」

ケンジという彼。なるほどなかなかのイケメンと呼べる。誰が見てもぽっちゃりとした体型の彼女には不釣り合いだろう。そんな私の気も知らず彼女は、もうすぐ顔がとけそうなほどの笑顔を浮かべている。しかし私には彼女の縁談を邪魔する他無かった。

なぜならケンジの小指には、もうすでに他の誰かとの運命の赤い糸が結ばれていたからだ。

このままケンジと縁談話を進めれば、彼女はケンジに騙され、恐らく金を奪われ、慰めるのに私の労力も奪われるのは目に見えていた。そんなことに時間を取られているようじゃまた私の昇進話が遠のく。

ここは手っ取り早くケンジと別れてもらうしかない。それもなるべく彼女が傷つかないように。

話を聞けば彼女は女優を目指して10年もたつというのに全く芽が出ず、もらう役柄はエキストラ同然の役ばかりだという。一体ケンジも彼女のどこに金の匂いを嗅ぎ取ったのやら。彼女も見る目がないと思うが、ケンジもケンジだ。

そういうことを考えている間に上から情報が送られて来た。しかし顔写真しか載っていない。全く不親切にも程がある。だが私はその顔に心当たりがあった。

翌日彼女は春から始まる新ドラマのその他大勢役として現場に出かけた。私は彼女の後ろについて行った。大した役でもないくせに、シリアスなシーンで転んでしまう彼女を見て私は噴き出しそうになった。

すると、ドラマの主役に抜擢されたモデル上がりの俳優Sが彼女に手を差し伸べた。私は彼女の恥ずかしさと高揚感を浮かべた大きな顔を見逃さなかった。そして彼女の太い小指の赤い糸とイケメン俳優Sの小指にある行き場を無くしたそれが固く結ばれるのを確認して、私は現場を後にした。

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