ついていない男

ついていない。

俺の人生はこの言葉に尽きる。どれくらい運がない持ち主だと自負する者がいるとしても、俺に敵う者はいないだろう。

例えば、俺はとにかくフンを落とされる。鳩やカラスといった種類に限らずだ。他にも、動物園にいくと、俺が檻に来た時に限ってアルパカは唾を吐く。出現率90%のイルカウォッチングだって見れた試しはない。受験にだって受かったことはないから、おかげで中卒だ。ここからは笑い話ではないが、俺の母親は俺が生まれたと同時に出血多量で、父親は20年前に小さい俺を庇って車に跳ねられて亡くなった。

しかしそんな俺にも好きな人ができた。そしてあろうことか、向こうも俺のことを好いてくれていた。親も学歴もない俺だが、彼女だけは死んでも幸せにすると決めた。彼女の名前は華子という。彼女が大爆笑したときにだけ出るえくぼは決して贔屓ではなく、とてもかわいい。そしていよいよ明日は2人の結婚式だ。

「新郎。あなたはいついかなる時も華子さんを幸せにすることを誓いますか?」

間違いない。俺の人生のピークは今この瞬間だ。俺は大声で返事をすべく、息を吸った。

「はい!誓いま」

「ちょっとまったぁ!!!」

おいおい。ここまでタイミングが揃うものか。俺は呆然としながら、サーファーのように日焼けしたイケメンが華子を連れ去っていくのを見ていた。

つくづくついていないな。俺の人生は。

あまりの衝撃にもう涙も出ない俺は、無表情で神父の方に向き直った。これからどうしようかなぁというふうなことを考えていた気がする。すると、

「じゃじゃーん!TBSのモニタリングでしたー!『幸福が訪れようとしていたツイていない人間は、ドラマのような不運が訪れたら泣く?泣かない?』という内容で太郎さんの25年をモニタリングさせて頂いていましたー!いかがでしたか?」

2台のテレビカメラと数名のスタッフが、2分前にサーファーが現れた扉を開けて出てきた。そしてその後ろから、華子さんとサーファー、そして写真でしか知らない母と父、1週間前にカツアゲされたときの不良学生、3日前に俺にゲロをかけてきた酔っ払いのオヤジが現れた。他にもざっと100人ほど人がやって来たが、俺はほとんど覚えていなかった。おそらくこの25年の間、俺に不運をもたらした関係者なのであろう。その100名が顔に笑みを浮かべながらこちらに向かって歩いてくる。俺は許容範囲外の衝撃を受けて、顔が硬直した。手のみが俺の衝撃を表すべく、ブルブルと震えていた。

俺が初めて涙を流したのは、約1ヶ月後のその放送がテレビで流れたときだった。編集で10分弱に収められた俺の25年を見て、俺は自分のノーリアクションに悔し涙を流した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?