第三者

そいつは私の目の前に突然現れた。

そいつは自分のことを「第三者」と名乗った。名前は与えられていない、「第三者」だと。見た目はぬいぐるみのようだった気もするし、ピエロのようだった気もするが、どういうわけかその記憶はない。そいつが、女か男かも覚えていない。

その頃の私は窃盗、詐欺、暴力、脅し等の悪事の限りを尽くしていた。しかし私は全く反省をしていなかった。「悪いことをしたら反省する」という当たり前のことを教えてくれる大人は私の人生にはいなかった。

私は初めて第三者に声をかけられたとき、とうとう自分の頭が狂ったのだと思った。幻覚を見ているのだ、前に吸った覚醒剤の副作用なのだと思った。第三者はことあるごとに現れた。

例えばオヤジ狩りをしているときや万引きをしているときに現れた。そして言った。

「第三者の立場になって考えろ!お前は悪いことをしているぞ!反省しろ!」

第三者が「第三者の立場」と言っていることがおかしくて笑った。彼氏に自分のことを構って欲しいめんどくさい彼女のような言い回しをしているのが滑稽だったのだ。

もう何度も同じセリフを言われるので、私は第三者の気持ちとやらになってようと思った。第三者の気持ちになって考えれば、なるほど私が刑務所に入ったら悲しいのかもしれない。第三者は私の他に友だちがいないようだし、私のことを思ってくれているようだから私がいなくなったら生きていけないのだろう。

その日から私は第三者が悲しむであろうことはやめて、喜ぶであろうことをした。それが私なりの「第三者の立場になって考える」であった。お年寄りの荷物を運んでやったときも、1ヶ月無遅刻でバイトに行った日も、第三者は喜んでいた。私はもっと第三者の立場になって、第三者が喜びそうなことをやろうと思った。そうして私は第三者が最も喜ぶであろう言葉を思いついた。

「いつもありがとね。第三者さん。」

第三者は笑っているとも泣いているともいえない表情を浮かべた。

そして翌日第三者は消えた。

第三者は置き手紙を残していた。そこに書いてあったことによると、私と出会う前の第三者の人生は不条理なものであったという。

「いつも話題に上るのは自分とは無関係の内容ばかり。誰も自分のことで周りのみんなが心配してくれたり、温かい言葉をかけてくれることはなかった。それはそうだ。自分は所詮、全ての話の第三者でしかないのだから。それが自分の宿命であると諦めていた。」

私が感謝を伝えた瞬間に、第三者は「消えなければならない」と思ったという。私の中で第三者が特別な存在になっていることに気づいたのだろう。第三者は第三者でなければならないと思ったのだろう。

その日、私は涙を流した。他の誰でもない、第三者のことだけを考えて泣いた。

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