ババ抜き

勝負は佳境に入っていた。幸子が、残り二枚になった真理子の手元のカードのうち、どっちを取ろうか頭を悩ませていた。その場面はババ抜きをやるにあたって最も緊迫するときであろう。幸子は、二枚のカードを順番につまみながら、変化する真理子の表情を見てカードを引こうと思っていたが、思いのほか表情に変化がないので彼女は困った。悩んだ挙句、幸子から見て右側のカードを思い切って引き抜いたがそれはジョーカーだった。周りにいた佐和や理恵が歓声をあげた。彼女たちは既に勝ち抜けしていた。

「もう!なんでなのよっ!」

そういいながら彼女は、一枚増えた自らのカードを、真理子には見えないように背中で隠しながら混ぜた。その言葉とは裏腹に、幸子の声は歓喜に満ちていた。いくつになっても勝負事が絡むとその場は盛り上がる。それは他の三人も同じであった。

「ほら、幸子さん。早く引かせなさいよ。」

真理子は、幸子の二枚のカードに順番に触れた。何度も触れているうちに、幸子の目線が左手の方に向けられていることに真理子は気づいた。その癖が分かっていないのは、幸子だけだった。佐和も理恵も、笑いをこらえるのに必死だった。タイミングを見計らって彼女は、幸子が左手に持つカードを素早く引き抜いた。それはダイヤの4だった。幸子の負けである。

「もう!なんでわかったのよ!あなた達ズルしたんじゃないわよね?」

理恵は笑いながら言った。

「ほんとに幸子さんは分かり易いですね。じゃあ後始末はお願いしますね~。」

そういいながら理恵はその場にあったコップ一杯の水を飲みほした。真理子もそれに続いた。その中には睡眠薬が入っていた。

幸子は「まったく。」とため息をついて理恵の首にロープをかけ、一思いに彼女の首を絞めた。真理子も同じようにした。

佐和は目を輝かせて自分の順番を待っていた。佐和のみ睡眠薬を飲まなかった。幸子は疲れた腕で佐和の首にロープをかけた。三人目だったので握力は弱まっており、時間がかかってしまった。「まあ佐和だから逆に彼女は喜ぶだろう。」と幸子は思った。

そうして幸子は、三人の死体を埋めるべく、スコップをもって山に出かけた。

この四人は殺されることを望んでいた。そうなるに至った動機は全く違うがとにかく殺されたかった。真理子は借金を抱えた女社長であり、自身の保険金で借金の返済と息子の養育費にしようと思っていた。理恵は元人気子役だが今は干された女優をしていた。彼女の性格は根っからの目立ちたがり屋であったため、殺されることによりもう一度脚光を浴びたいと思っていた。佐和は普通のOLであるが、彼女には自傷癖があった。彼女は「死」にとりつかれており、最終的には誰かに殺されたいとずっと思っていた。

幸子は三人目の死体を埋め終わり、その場に座り込んだ。彼女は満身創痍だった。疲れた頭で彼女は、「まあ自分は殺されても自殺でもどっちでもよかったから、ババ抜きで負けてよかったのかもしれない。」と漠然と考えた。彼女は人助けをしたときと同じ達成感を感じていた。そうして幸子は、自分の分として用意していた青酸カリを一気に飲み干した。意識を失う直前に思い出したのは、三日前に飲酒運転の車によって亡くなった、息子と夫のことだった。

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