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【アメリカの化学者が教える】マーガリン等に含まれるトランス脂肪酸は、なぜ動脈硬化のリスクを上げるのか?

SNSで話題沸騰の新刊『さぁ、化学に目覚めよう 世界の見え方が変わる特別講義』(ケイト・ビバードーフ:著、梶山あゆみ:訳)。テキサス大学で文系の学生に向けた授業を担当し、自他ともに認める化学オタクの著者(表紙写真で火を噴いている人物)が、高校から大学の教養レベルで学ぶ化学の基本原理と、日常にあふれる化学反応をわかりやすくユーモアたっぷりに語る一冊です。

私たちが毎日の食事でとっている油脂。これは、脂肪酸とグリセリンという分子からできています。脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分類され、不飽和脂肪酸は、さらに「シス脂肪酸」と「トランス脂肪酸」というとてもよく似た物質に分かれます。

近年、動脈硬化をはじめ、健康リスクを上げると注意喚起されているのが、「トランス脂肪酸」。水素添加したマーガリンやショートニングなど、身近な食品にも含まれている物質です。

なぜ、「シス脂肪酸」ではなく「トランス脂肪酸」が健康リスクを高めるのか? 化学者がその理由を紹介します。

形が変われば、性質も変わる

1950年代、ロナルド・ギレスピーとロナルド・シドニー・ナイホルムというふたりの化学者が、分子の形にいくつかのパターンがあることに気づきはじめた。ふたりがすぐに見出したのは、分子の形が空間内の電子の配置で決まるのであって、原子が何物かは関係ないということだった。
 
1957年、ギレスピーとナイホルムは「VSEPR理論(正式には原子価殻電子対反発則)」を発表した。これは、電子の数と相対的な位置さえわかれば、どんな分子であってもその立体構造を正確に予測できるというものである。
 
たとえば、原子2個でできている分子はかならず直線形になるのがわかっている。1個の結合で2個の原子をつなごうと思えば、どうしたってそうなるのだ。2個の原子しかない分子は、その原子が何であれ決まって直線形になる。
 
典型的な二原子分子に一酸化炭素(CO)がある。一酸化炭素では、炭素原子と酸素原子のあいだに三重結合がつくられていて、原子が2個しかないからつねに直線形を維持する。

一酸化炭素は無色無臭で可燃性の高い気体だが、非常に危険でもある。人体に吸いこまれると、この小さな分子が血液中のヘモグロビンと結合し、酸素分子を蹴りだしてしまう。
一酸化炭素が「サイレントキラー(沈黙の殺し屋)」と呼ばれるのはこのためであり、多量に摂取しすぎると命取りになる。

シス脂肪酸とトランス脂肪酸の決定的な違い

ギレスピーとナイホルムの名コンビは徹底した研究を通してこのモデルを広げ、何個の原子からできた分子であってもその形を予測できるようにした。
50個以上の原子からなる分子で具体的に見ていこう。たとえば、シス脂肪酸やトランス脂肪酸がそうだ。
 
何年か前、アメリカ食品医薬品局(FDA)はすべての食品メーカーに対し、3年以内に商品からトランス脂肪酸を排除するよう求めた。2018年6月には、アメリカの食品にトランス脂肪酸を使用することが正式に禁止されている。その一方で、シス脂肪酸と呼ばれるものに対してはいっさいの規制がない。これを意外に思う人もいるんじゃないだろうか。というのは、シス脂肪酸もトランス脂肪酸も分子式自体は同じであり、どちらもよく似た工程でつくられるからである。
 
唯一の違いは分子の形だ。トランス脂肪酸が長くて管状なのに対して(楊枝のように)、シス脂肪酸は曲がっている(楊枝を真ん中で折ったように)。

イラスト=Ⓒmako『さぁ、化学に目覚めよう』より。
左の原子モデルがシス型。炭素原子(黒い玉:C)をつなぐ二重結合の下側(同じ側)に水素原子(白い玉:H)がついている。右側がトランス型で、こちらは2つの水素原子が二重結合のそれぞれ反対側につく(真ん中の炭素原子同士をつなぐ長めのボンドが二重結合)。

トランス脂肪酸が動脈に入ると、ほかのトランス脂肪酸と完全に重なりあうことができる。どんどん積みかさなって、少しずつ動脈を狭くしていく。下手をするとあまりにもきちんと積みかさなってしまい、酸素を含んだ血液が心臓に流れなくなる。このせいで体にいろいろな悪影響が及び、なかでも重大なのが心臓発作につながりやすいことである。
 
これを具体的にイメージするには、楊枝を何本も束にしてホースの端に詰めるようなものだと思えばいい。楊枝がぴったりと重なっていたら、水はその障害物を通りぬけられない。

それにひきかえ、その楊枝をぜんぶ半分に折りまげたらどうなるだろうか。こちらもやはりきれいに重なる? まず無理だろう。どれだけ頑張ってみても、折る前の楊枝のようにホースを楽々と詰まらせることはできない。それと同じで、シス脂肪酸はトランス脂肪酸に比べて動脈をふさぎにくい。
 
いまの話を聞けば、化学では(そしてあなたの動脈でも)分子の形が本当に物をいうことがわかったんじゃないかと思う。

※『さぁ、化学に目覚めよう』の内容を一部抜粋・編集しています。

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