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あのベストセラーの装画はどうやって描かれたの? 人気イラストレーター・芦野公平さんに聞きました!

書籍の装画・挿画を中心に活躍されている、イラストレーターの芦野公平さん。国立科学博物館の田島木綿子さんの著書『海獣学者、クジラを解剖する。』『クジラの歌を聴け』(いずれも、山と溪谷社)のイラストレーションも、ご担当いただいています。

プロフィール:芦野公平(あしの・こうへい)
イラストレーター、TIS会員。書籍、雑誌、広告等の分野で活動中。イラストを提供した仕事に、Honda N-ONEカタログ、坂角総本舗130周年カタログ、新国立劇場「シリーズ 声」ビジュアル、瀬尾まいこ『傑作はまだ』(文藝春秋)など。

前回に続いて、今回は書籍の装画がどのように出来上がっていくのか、をメインテーマに聞きました。書籍の「顔」ともいえる装丁には、当然ながらデザイナーさんのお仕事も大きく関わってきます。(取材・構成 高松夕佳)

前回の記事はこちらから!

◎本の顔「装画」をめぐる試行錯誤

――『海獣学者、クジラを解剖する。』も『クジラの歌を聴け』も、デザイナーの佐藤亜沙美さんからのご指名だったとか。

芦野 佐藤さんとは『もう革命しかないもんね』(森元斎著、晶文社)でお仕事をご一緒して、それに続いてお声がけいただきました。

1冊目の『海獣学者、クジラを解剖する。』の装画では、いろいろと試行錯誤をしました。

『海獣学者、クジラを解剖する。』の書影を公開すると大きな反響がありました


佐藤さんからは、真ん中にクジラを描き、その周りで著者の田島先生が解剖作業をしている様子を描いてほしいというご指示をいただきましたが、具体的にどう描くかは決まっていませんでした。

これが、デザイナーの佐藤さんから届いたイメージ資料

真ん中に絵を入れるとして、タイトルとはどう絡ませればいいのか、クジラと田島さんはどんなバランスで描くべきなのか――。

クジラの中央を開き、そこから「クジラ」を骨で表現した文字が出てくる案や、開いたクジラの体内に解剖作業の風景をコラージュ的に散らした場合どうなるかなど、いろいろなバージョンを検討しました。

最初は、実際の解剖シーンに近いイラストだったんですね

クジラのお腹を開くと、どうしても肉や内臓の感じがリアルに伝わってきてしまいます。このグロテスクさ、生々しさを中和するにはどうすればいいか、と考えた末、クジラの中を空洞にしたポップな絵を思いつきました。

内臓のイメージからいったん離れ、「分解」といったキーワード、概念に寄せて考えてみたんです。その結果、最終案に着地しました。

芦野さんからこのラフイラストが届いた瞬間、編集も大興奮でした

タイトルの位置が決まっているという制約があることで、生まれたアイデアでもありますね。

「クジラ」の文字を骨と内臓で表す案もあったそうです!

最終的に、当初の自分の想像を超えた絵を描くことができ、どんな方にも心地よく見てもらえる本としての佇まいを実現できたのではないかと思います。発刊前から書影の反応は大きく、自分の中で最近の代表作といえる一冊になりました。

――クジラの間を飛んでいる田島先生が、まるでクジラワールドを旅する冒険家のようだと思いました。眺めているだけで、いろんな妄想を掻き立てられます。

芦野 そうですか。そういう連続性を意識していたわけではないのですが、確かに四次元的な時間軸で見るとおもしろい絵なのかもしれません。普段、読者の方からイラストについて感想をいただく機会はないので、うれしいです。

◎リアルであればいいわけじゃない

芦野 これは、佐藤さんから送られてきた『クジラの歌を聴け』の装画の指示書です。こんなふうに、どんなモチーフをどんなタッチで描いてほしいかをご指定いただき、そこからイメージを膨らませていきます。

「生々しくなりすぎない」「生命をつなぐ」が重要なキーワードに

――下には伊藤若冲の屏風絵「鳥獣花木図屛風」が示されていますね。

芦野 この若冲の絵には、さまざまな生き物が個別に描かれながら、全体として連なっていくような面白さがありますよね。『クジラの歌を聴け』にもたくさんの動物が出てくる。それらを連ねることで、全体として生命のうねりを表現してほしいというご要望でした。

そこで、本書の中で扱われている動物の中で、相手の鼻を噛みながら交尾するラッコや歯茎をむき出しにする馬など、とくにおもしろく読んでいただけそうなモチーフをいくつか選んで描きつつ、円になるように配置して、間に他の動物たちを描きこんでいきました。

佐藤さんが配色を大まかに指定して、芦野さんへ

この表紙絵で難しかったのが、中央に描いたザトウクジラのヒレの大きさです。著者の田島木綿子先生はきっと、「ザトウクジラの前ヒレはもっと大きい」と思われているでしょう。

確かにそうなんですが、ヒレのサイズ感を正確に表現しようと思うと、身体のほうを縮めざるを得ないけれど、そうすると全体のバランスが悪くなってしまう。タイトル文字にかからないギリギリの大きさでクジラを入れるには、前ヒレのサイズはこれが限界……。ギリギリのバランスで仕上げています。

クジラの背中側に入れる色の区切りにも迷いました。実際には、もっと顎のほうまで黒っぽくなっている個体が多いそうなのですが、誰が見てもザトウクジラとわかるデザインにするため、上顎で区切ることにしました。

『クジラの歌を聴け』田島木綿子(山と溪谷社)

そのように、専門家が見れば「ちょっと違うな」という部分はきっと他にもあると思います。でも、本づくりの視点に立つと、リアルでありさえすればいいわけでもない。読者の目に映ったときの心地よさ、わかりやすさとのバランスを見る必要があると思っています。

◎憧れの博物館デビュー?

編集者 専門家による科学本の場合、専門家とイラストレーターの方では大事にしたいポイントが違うため、すり合わせが難しいのですが、芦野さんはそこをうまくすり合わせてくださったので、著者の田島先生も絶大な信頼を置かれていました。『海獣学者、クジラを解剖する。』に引き続き、『クジラの歌を聴け』もぜひ芦野さんに、との先生のリクエストがあって。

芦野 ああ、よかった。著者の方が喜んでくれることが、ぼくとしては一番うれしいです。

各章の終わりのコラムに入れているイラスト、あれは気負いなくのびのび楽しく描きましたね。その章の印象的なエピソードから、田島先生が体験した状況や感情などを1枚の絵の中にコラージュしています。映画のポスターのようなイメージです。

ミャンマーでスコールに遭ってずぶ濡れになった著者を見ているテングザル……

ぼくの線画のタッチはあっさりしていて、表情もあまり描きこまないのですが、動きやシチュエーションで田島先生のパワフルなお人柄や研究対象への熱量、語り口を伝えられればいいな、と思っていました。

「ノートPCを濡らさないように守る田島さん」のポーズ取りをする芦野さん

実は、ぼくにとって自然科学の世界は、昔から身近でした。親戚に科学系の学者が多く、祖父の兄弟の1人はシダ植物が専門の植物学者です。大阪市立自然史博物館に勤務していたので、博物館や学芸員の仕事には、子どもの頃から憧れていました。だから今回、図らずもこうした形で生物学の世界にかかわれたことは、とてもうれしかったです。

その後、大叔父の勤めていた博物館のミュージアムショップでも『海獣学者、クジラを解剖する。』と『クジラの歌を聴け』が販売されていると聞き、さらにうれしくなりました。

国立科学博物館のミュージアムショップでも、2冊が販売されているそうです。夢がもう1つ叶ったような気分です!

芦野さん、インタビューありがとうございました!

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