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牧野富太郎少年が見つけた「白くて丸い怪物」の正体とは?

NHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなっているのは、日本の植物学の父といわれる牧野富太郎です。ほぼ独学で植物の知識を身につけ、1500種以上の新種を命名した牧野は、膨大な植物を採集・調査するために日本各地の山を訪れていました。幼少期に親しんだ故郷・高知の山、遭難しかけた利尻山、花畑に心震わせた白馬岳など、山と植物にまつわるエッセイを集めたヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』(ヤマケイ文庫)が発売中です。本書から、幼少期の出来事を語ったエッセイを抜粋して紹介します。

ブックデザイン:高柳雅人、イラストレーション:石坂しづか

狐のヘダマ

幼少の頃、私は郷里佐川の附近の山へ、よく山遊びにいった。ある時、うす暗いシイの林の中をかさかさと落葉を踏んで歩いていると、可笑しなものが目についた。フットボールほどもある白い丸い玉が、落葉の間から頭を出していたのだ。

私は「何だろう」と思って恐る恐るこれに近寄っていった。しかし、別に動きだしたりもせず、じっとしている。

「ははあ、これはキノコの化物だな」と私は直感した。そして、この白い大きな玉を手で撫でてみた。すると、これはその肌ざわりからいって、まさにキノコであることが判った。「ずいぶん変わったキノコもあるもんだな、こりゃ驚いた」と、私はすっかりびっくりしてしまった。

家に帰ってから、山で見たキノコの化物のことを祖母に話すと、祖母は、「そんな妙なキノコがあっつるか?」と不思議そうにいった。これを聞いていた下女が、「それや、キツネノヘダマとちがいますかね」といったので私は、びっくりして下女の顔を見た。すると下女は、「そりゃ、キツネノヘダマにかわりません。うちの方じゃ、テングノヘダマともいいますさに」といった。

この下女は、いろいろな草やキノコの名を知っていて、私はたびたびへこまされたものである。

ある時、町はずれの小川から採ってきた水草を庭の鉢に浮かしておいたが、私はそれがどんな名の水草か知らなかった。すると、この下女が「その草、ヒルムシロとかわりませんね」といったので私はびっくりした。その後、高知で買った『救荒本草(きゅうこうほんぞう)』という本を見ていたら、「眼子菜(がんしさい)」という植物がのって居り、これにヒルムシロという名がでていた。まさに、下女のいった通りだった。

さて、私が山で見たキツネノヘダマは、狐の屁玉の意で、妙な名である。天狗の屁玉ともいう。これは一つのキノコであって、屁玉といっても別に、屁のような悪臭はない。それのみか、食用になる。

このキノコは、常に忽然として地面の上に白く丸く出現する怪物である。

五、六月の候、竹藪、樹林下あるいは墓地のようなところに生える。大きさは人の頭ほどになる。はじめは、小さいが、次第に膨らんで来て、意外に大きくなる。小さいうちは色が白く、肉質で、中が充実しており、脆(もろ)くて豆腐のようだが、後には漸次(ぜんじ)、色が変わり、ついに褐色になって、軽虚となり、中から煙が吹き出て気中に散漫するようになるが、この煙は、即ち胞子であるから、胞子雲と名づけても満更(まんざ)らではあるまい。

今から一カ年も前にでた深江輔仁の『本草和名(ほんぞうわみょう)』にこのキノコはオニフスベとでている。この名の意味は、「鬼を燻(ふす)べる」意だとも取れるが、私はフスベは「こぶ」のことであろうと思っている。つまりオニフスベとは、「鬼のこぶ」の意であると推考される。こぶこぶしく、ずっしりと太った体の鬼のことだから、すばらしく大きなこぶが膨れでてもよいのだ。

そして、鬼を燻べるということだと解する人があったら、その人の考えは浅薄(せんぱく)な想像の説であると思う。

このオニフスベは、わかいとき食用になる。今から、二百四十年ほど前の正徳五年(一七一五年)に発行された『倭漢三才図会(わかんさんさいずえ)』には、「薄皮ありて、灰白色、肉白く、すこぶるショウロに似たり、煮て食うに、味淡甘なり」と書かれている。この時代、すでにこんなキノコを食することを知っていたのは面白い事実である。

なおこのキノコを日本特産のキノコと認めて、はじめてその学名を発表したのは川村清一博士であった。

※本記事は、ヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』を一部抜粋したものです。
※植物の学名表記等については、原文どおりとしています。また、今日では不適切と思われる表現も使用されていますが、作品発表時の時代背景と作品の価値を考慮して原文どおりとしました。


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