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読みおえたときには化学の基礎知識が身につき、化学があらゆる物事にひそんでいることがわかるようになる本

SNSで話題沸騰の新刊『さぁ、化学に目覚めよう 世界の見え方が変わる特別講義』(ケイト・ビバードーフ:著、梶山あゆみ:訳)。テキサス大学で文系の学生に向けた授業を担当し、自他ともに認める化学オタクの著者(表紙写真で火を噴いている人物)が、高校から大学の教養レベルで学ぶ化学の基本原理と、日常にあふれる化学反応をわかりやすくユーモアたっぷりに語る一冊です。本書から、著者の熱い想いほとばしる「はじめに」を公開します。

『さぁ、化学に目覚めよう』山と溪谷社

はじめに

ぼくらみたいなオタクは、おかしなことに本気で熱中したって何のおとがめも受けやしない。オタクはおかしなことが大好きでいいんだよ。それこそ、居ても立ってもいられないくらいにどうしようもなく好きでも、ね。……人が誰かをオタクって呼んだら、それはだいたい「きみっておかしなことが好きなんだね」っていう意味。
―ジョン・グリーン〔アメリカの作家・批評家・ユーチューバー〕

はじめにひとつ白状しておきたい。
私は化学オタクだ。

私は化学者で、夫のジョシュも化学者で、友人も科学者がほとんど(ぜんぶじゃないのが残念だけど、完璧な人間はいないから)。私は何気ない会話をきりだす調子でクォークの話をする癖がある。ジョシュとデートの夜に、ノーベル賞を受賞した実験のパラメーターについて語りあったこともあるし、周期表の元素はどれが最高かをめぐって激論になったことだってある(パラジウムですけどね、もちろん)。

でも、みんながみんなこんなんじゃないことは知っている。
というより、たいていの人はこうじゃない。
確かに化学にはわかりにくい面もある。それをいったら科学全般が理解しにくいかもしれない。用語や規則が山ほどあるし、何もかもが恐ろしいほど込みいっているように思える。とりわけ化学はそうで、それは私たちには何ひとつ見えないからだ。

生物学ならカエルを解剖できる。
物理学の特性、たとえば加速を授業で説明したければ、実際にそれを見せることができる。
でも、はいどうぞと原子を手渡しするわけにはいかない。

友人や家族ですら、私のしていることが呑みこめていないときがある。大親友のチェルシーがまさにそうだ。ものすごく頭が良くて、科学全般をよく知っていて、宝石職人として化学関連の仕事までしているのに、高校の化学の授業では何がどうなっているのかさっぱり「つかめて」いなかった。私が夢中になって聞いているかたわらで、チェルシーは退屈しながら途方に暮れていた。高校2年生の私にはその気持ちが理解できなかった。

いまならよーくわかる。チェルシーみたいな生徒を毎日のように目にしているから。

私はテキサス大学オースティン校で、「実感できる化学」という科目を教えている。これは入門レベルのクラスであり、科学の授業なんてこの先二度と受けないような生徒が対象になっている。英文学専攻の学生がCの成績を目指して実際にそれが取れるような、一番簡単な科学の講座だと思えばいい。

ある年、授業の初日にひとりの生徒がクォークについて質問してきた。気づけば私は本題をそれ、ピカピカの1年生500人を前に延々と素粒子を語っていた。必死でノートをとろうとする者。いろいろな度合いのショックや恐怖をにじませて呆然とこちらを見つめる者。仕方がないので私をスマホで撮りはじめた生徒もいる。ふたりの女子学生などはウソじゃなくひしと手を握りあっていた。

考えようによっては笑い話でも、笑うわけにはいかない。せっかく何百人もの学生が化学(と私)にチャンスを与えてやろうと思ってくれたのに、みんなを震えあがらせてしまったんだから。私がいったい何を話しているのか、ほとんどの学生には見当もつかなかった。

クリンゴン語〔『スター・トレック』に登場する宇宙人の話す言葉〕を聞かされているのと同じである。科学は退屈で理解不能だという思いこみを強めただけに終わったのは間違いない。
なぜって言葉は大事だからだ。科学について語る際にはなおさらそういえる。

私が博士号を取得したとき、博士論文のコピーを電子メールで母に送った。数分後、母から電話がかかってきた。もしもしと返す間まもなく笑い声が聞こえてくる。何がおかしいんだろう。違うファイルを添付しちゃったんだろうか。ママったらおかしな猫動画でも見ていた? それともお尻のポケットでうっかり通話ボタンを押しちゃった?

ようやく言葉が吐きだされてきた。「ケイティ、ちんぷんかんぷんだってば! 何あの変な……ナプチルなんとかって?」激しく笑いすぎて、それだけ絞りだすのがやっとだ。
どういうこと? 私がどんな研究をしているかはちゃんと話してあった。なんでわからないんだろう。
それから母に送った文書ファイルを開いて、書きだしの部分を読んでみた。

本論文には、新しい6種類の1,2-アセナフテニルNヘテロ環状カルベンーパラジウム(Ⅱ) 錯体触媒の合成および触媒特性について述べられている。アセナフテニルカルベンは、メシチル基もしくは1,2-ジイソプロピルN-アリール置換基を用いて調製できる。 

その瞬間に悟った。母が何を読み、学生が何を聞き、チェルシーが何を感じていたのかを。1,2-アセナフテニルNヘテロ環状カルベンーパラジウム(Ⅱ)錯体触媒といわれても、母にしたら何が何やらさっぱり、だったのだ。
それに、はっきりいって意味がわかる必要もなかった(参考までに書いておくと、これは医薬品をつくる化学反応に必要な触媒の一種)。

化学は本当に最高で、めちゃくちゃすごいんだけれど、化学者は(私も含めて)どうも話し方がまずく、博士号をもっていない人を軒並み置きざりにしてしまう。この本ではその反対のことをしようと思う。どうして私が化学を熱烈に愛しているのか、それを母にも、読者のみんなにも、わかってもらうことを目指すつもりだ。なぜ化学がすばらしいのか、なぜこんなにも胸躍るのか、そしてなぜみんなも好きになったほうがいいのかを伝えたい。

クォークの話なんかしないし、科学的手法の説明すら出てこないと約束する。それでも、読みおえたときには化学の基礎知識を身につけ、化学があらゆる物事にひそんでいることがわかるようになっている。朝のシャワーで使うシャンプーから、夕焼けの美しさまでぜんぶにだ。

私たちは空気を吸わなければ生きていけないけれど、その空気の中にも化学はある。毎日毎日、私たちの触れるすべて、遭遇するすべてに化学が存在する。化学について知れば知るほど、いま暮らしているこの世界のすばらしさに気づけるようになる。

いますぐあたりを見回してみてほしい。目に映るものはどれも物質だ。あらゆる物質は分子で構成されていて、分子は原子でできている。
このページに記された文字のインクも分子であり、それが紙の繊維に吸収されている。製本に使われた接着剤も風変わりな分子で、それが紙と表紙の両方をつなぎとめている。
化学はあらゆる場所の、あらゆるものの中にある。

第Ⅰ部の4つの章では、原子や分子、それから化学反応の基礎を理解してもらうための説明をしていく。化学入門講座のようなものだと思えばいいし、高校2年生のときに親友のためにノートをとっていた内容の要約ともいえる(ちなみにこの第Ⅰ部が終わる頃には、ついに原子が何かを「つかめる」ようになっていると約束する)。

第Ⅱ部では、日常生活の中の化学を見ていく。目覚めのコーヒーから夜のワインまで。
そのあいだの時間にもいろいろなお楽しみが待っている。お菓子を焼き、掃除をし、料理をし、運動し、ビーチにだって出かける。その過程で、携帯電話や、日焼け止めや布地や、日々使うさまざまなものの中で化学がどのように働いているかを学んでいく。

単に化学の知識を得るだけでなく、化学に胸ときめかせてもらいたい。それがこの本を書いた私の願いだ。身のまわりの世界について、新しいことや思いがけないことを学んでほしい。そしてそれをパートナーや子どもや、友人や同僚や……なんならハッピーアワー〔飲食店が平日夕方に割引サービスをする時間帯〕で出会った見ず知らずの人にも伝えてくれたら嬉しい。

なぜって、科学を愛すれば世界をより良い場所に変えられると、私は本気で信じているから。
それじゃあ始めるとしましょうか。

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ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル 絶賛!
 
「本書から読者は、化学がいかに重要で、いかにクールなものであるかを理解できるだろう」パブリッシャーズ・ウィークリー
 
「ほとんどの科学解説書に欠けているウィットに富んだ内容で、本書は知識を求める人々にとって歓迎すべき一冊となるはずだ」ブックリスト
 
*あなたの体を原子にたとえると、電子は上着のようなもの
*化学式は、料理のレシピと思えばわかりやすい
*「ふざけんな、モルって何だよ」って思ってるんじゃない?
*朝、目覚めのコーヒーを飲むときにカフェインが体内で何をしている?
*シャンプーに含まれる成分の重要な役割とは?
*日焼け止めを塗ることでなぜ紫外線を防げるの?
 
など、化学を学ぶ学生にも、学び直しをしたい大人にもおすすめの一冊。


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