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コーチング記録 #3

 今回は3回目、コーチと話したことを生活のなかで意識できるようになってきたと同時に、ふるまいを変えていくことの難しさを痛感。が、変わっても変わらなくても向き合っている時間が重要だと思うことも、感じられるようになってきました。コーチングで話す内容も、過去のことから今のことに変化して、自分だけのことから周囲との関係も含めた内容のことに変化してきました。
 今回のコーチングセッションは、ホローポイントみたいにすっと入って中でズドンと広がった感で、終わった後が重くて、ふりかえりに時間がかかりました。まだ十分ではないですが、現段階での、こんな気づきを得たなぁ、ということを備忘として残したいと思います。

自分が囚われると感じたときの話

 何かに囚われていると感じたときに、特に意識ぜずに楽しいと思えることを楽しむという考え方もある。でも一度立ち止まって、自分を囚えているものを一旦横において愛でてみると、もっと興味深い対応ができるかもしれない、的な話をしました。正確には、その周辺の話題をぐるぐるを回りながら、行きつ戻りつしたので、トピックを挙げて議論したわけではないですが、探索的なスタイルで進めてもらっているので、コーチとの話での自分の理解を整理した結果です。
 今回初めて、事後に内容を絵で整理したのですが、”囚われているものを一旦横において愛でる”ということをイメージできてから、話した内容が、バチッとつながった感じがでて、嬉しかったです。次々に連想のイメージが浮かぶ感じ。言語化しなくてもすっと入ってくる感覚を感じられました。これいいなぁ。

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言語化のむずかしさについて

 この内容は完全に事後にふりかえって感じたことです。”言語化が得意ですが、縛られてしまうこともありますね”という助言を受けていたので、事象の構造を整理してみました。ふりかえると、言葉を使って現象・事象を理解しようとする際に、いくつかのパターンがあるように思いました。
 1つ目は、現象と対峙して少しづつ言語化していくパターン。王道ですが粘り強い鍛錬と脳のエネルギーが必要だと思います(例えば、ソムリエがワインの味を多岐に渡る表現で言語化して認知しようとするスタイルがこれに当たると思います)
 2つ目は、現象を最適化したイメージに変換して、そこから言語化するパターン。これは最適化に用いたフレームが適切であればリーズナブルなパターンかと思います。他方、フレームが不適切だと情報をフィルタリングしてしまうので、誤った認知に至る可能性があります。おそらくは名前付け問題も類似の課題に起因するのかと思います。
 3つ目は、現象を一旦メタファーで置換えて、そこから言語化するパターン。これは、共通認識(完全な共通認識ではないが共通項が多い)であるメタファーを用いることによって、脳の処理コストと情報のフィルタリングのリスクをうまくバランスした方法だと思います。良いメタファーがひろがれば、連想で情報量が増えるという効果もありますが、メタファーの選択を間違うと2つ目のパターンと同じ結果になる懸念もありそうです。
 実は、私のコーチングに対する言語化のスタイルは2つ目のパターンに近くて、既知の理解のフレームにコーチングで学んだことを押し込めてしまうことがあったので、言語化に窮屈さを感じてしまうことがありました。おそらくはコーチもそのへんを薄々感じていて、言語化以外のアプローチを試すことを提案してくれたのかとも思います。なので、今回はイメージ重視で整理してみたんですが、これは、どのパターンに当たるのかな、3かな??新しいパターンかな??ここに来て、新しい気付きができたので、そのうち、下の図を更新するかもしれないです。

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