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銀河鉄道とパジャマの効用

 珍しく調子があまりよくないらしい夫が20時すぎに布団に入ってしまったので、半ばそれに付き合う形で布団に寝転がっていたのだけど、当然眠くはならない。仕方がないのでのそのそと起きだして、自分の机の上にノートPCを広げてこれを書いている。Twitterにもお気に入りの小説ブログを読むのにも飽きてしまった。
 二人っきりの部屋で電気を消して、片割れが眠っているとまるで深夜のような気分になる。しかし、まだ21時である。飲み会に行ってたら余裕で飲んでいる(ここのところ会社の人と飲みに行くと、翌日仕事だろうかなんだろうが帰りが12時ちょっと前になる)。最近はあまりないが、新人の頃はこの時間まで仕事をすることはしょっちゅうだった。
 当時、21:30新宿発のホームライナーという列車があった。それは新宿駅の真ん中にあるやたらたどり着きづらいホームから出ていて、渋谷に停車したあとは藤沢までノンストップだった。相鉄線直通前は貨物輸送でしか使われていなかった線路を走っており、車内が暗いこともあいまって、乗っていると現実感が薄くなった。あと、やたら静かだった。乗っている人は大体その時間まで都心で働いて、数十キロ離れた街まで疲れた身体を引きずり帰るような人たちばかりだったからだと思う。でも、ロマンチックな言い方をするなら、暗い宇宙の中を走る銀河鉄道のような列車だったのだ。この場合、星の光に該当するのは遠くのビルの明かりである。
 残業して、藤沢駅が最寄りの先輩が同じ時間に退勤していた時は、連れ立ってその列車に乗った。新宿駅での短い乗り換え時間の中で、手分けして駅弁とお酒を調達し、駅弁をつまみに飲みながら帰ったこともある。その後、私は引っ越してメトロ通勤になり、ホームライナーもなくなってしまい、星空の中を走るような不思議な列車の時間は二度と帰ってこない。
 さて、本当に眠れないことだし、ちょっと外に出ようかな、と思う。思った直後に、いやいやこんなパジャマ姿で出るのはあかんでしょうと思う。そう、いまはパジャマを着ているのだ。今まで夏場はずっと適当なTシャツにUNIQLOのステテコで済ませていたのだが、昼間に池袋西武で買い物をしていたときに、そのことに対して夫から控えめな苦言を呈され、人生初のジェラートピケでパジャマを買うという行為をした。本当はもう少し普段着っぽい(ワンピース型とか、パーカーみたいな形の)ものにしようとしたのだけど、紆余曲折あっていかにもパジャマ!という形の物を買った。
 パジャマの効果はすごくて、なんというか、これを着て何か活動的なことをしようという気にならないのだ。さあさあ早く布団入って寝てしまいましょうね、という感じ。私は日が高いうちにお風呂に入って、そのあと料理をすることを贅沢の一つと考えていて、休みの日はそれをよくやるのだけど、そんなときにこのパジャマを着る気にはならない。だから今日も、別の部屋着用ワンピース(かなり前にUNIQLOで買った)を着て、玉ねぎを切ったり肉を炒めたりした。
 パジャマの効果についてもう1つある。着るとなんだか子どもになったような気分になるのだ。いわゆるパジャマ(シャツみたいな形をしていて、上下に分かれていて、柄がついている)を着ていたのが子どもの頃だけだったからかもしれない。10代の頃はジャージとかスウェットとかそんなんばかりだったし、20代になってからは普段着の中で着古したもの(そして睡眠を妨げない形状・素材のもの)を寝巻にしていた。久しぶりのパジャマは、退屈だから散歩でもするかなあという心の声に対して「こんな夜遅くに出歩いたらあぶないでしょう」と返してくる。それを着ているのは、普段夜中まで飲み歩いている30歳近い人間だというのに。でも私はパジャマの言うことを聞いている。真夜中みたいな部屋の隅っこで、まるで小さな子どもみたいに。

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