連載 「芸術って何ですか」を考えてみる第4回 夢と芸術の関係を探る
1.夢と脳科学
今回は「夢」との共通点という切り口で芸術について考えてみたいと思います。
夢を生み出す脳のしくみを知ることで人間の心の謎に迫る、最先端の脳科学で取り組まれている課題のひとつです。私の手元に、アンドレア・ロックという医療ジャーナリストが書いた「脳は眠らない—夢を生みだす脳のしくみ」という本があります。この本はそうした脳科学の研究成果を紹介したものです。人間はなぜ夢をみるのか。夢は人間にとってどんな意味を持つのか。この本を読む中で、私は夢と芸術の共通点、ひいては芸術の意義を考えるための大きなヒントを得ることができました。今回はそのことについて話ていきます。
2.心のオフライン活動
古代より人間は夢を特別なものとみなし、例えば神託、啓示といった形で宗教と関連づけられることもありました。20世紀、科学の時代。夢は学術的な研究対象にもなりました。精神科医フロイトは夢と心の関係を通じて無意識の領域を発見しました。
ところでどうして夢はこのように特別なものと考えられているのでしょうか。普段あたりまえに使っている脳の活動のひとつに過ぎないのではないでしょうか。「脳は眠らない」の中にその謎を解くキーワードを見つけることができました。それが「オフライン」です。
昼間、私たちは外部の様々な人や事柄と関わりを持ちながら活動しています。つまり「オンライン」状態です。脳はどんどん入り込んでいる情報を処理したり対応することで精一杯です。夜、そんな忙しい一日を終え、人々は眠りに就きます。脳は体を介して外界と繋がっていますので、その体が眠ることで外との繋がりが断ち切られる、つまり「オフライン」の状態になります。
オフライン状態になったからといって脳も眠ってしまうわけではありません。起きている時には外部への対応に追われてできなかったこと、内側の仕事に取りかかります。それはどんな仕事でしょうか。
起きているときの経験を振り返り、そこから得た記憶の重要度を判断し整理、保存します。記憶は、何かについての概念やイメージを作るための材料となります。日々新しく入ってくる記憶はただ保存されるだけでなく、それを使って「世界とはこういうものだ」「自分とはこういう存在だ」といったイメージを更新していきます。これはとても重要な夢の作用です。
3.脳内のヴァーチャルリアリティ
こうした脳の働きが更に進むと、「世界はこんなふうになるかもしれない」「そこではこんなことも起こるかもしれない」「自分はこういう存在でもありうるかも知れない」「こんな自分になれるかも知れない」といった仮想のイメージを作り出すようになります。仮想現実、ヴァーチャルリアリティです。オフラインになった脳が対外的な作業の煩わしさから解放され、自由に伸び伸びとその能力を発揮する場面です。
睡眠時、全ての脳が起きているというわけではないようです。計画、論理的思考、高度な情報処理を行う部位は「真っ先に眠りに就き、一番最後まで眠りこけている」のだそうです。どれも昼間の活動を効率的、効果的に円滑に行っていくために重要なところばかり。つまり睡眠中に脳がやっていることは無計画で、論理性がなく、全く知的な情報処理ではないということになります。夢の内容が往々にして荒唐無稽で支離滅裂なのはこのあたりに理由があるのでしょう。
4.生きるためのリハーサル
このように睡眠時の脳内のイメージが荒唐無稽、支離滅裂であることにはとても重要な意味があるようです。
先に、脳は「仮想のイメージを作り出す」と言いました。このようにいろんな状況を仮想することで、人間は実生活で起こりうる様々な事態への対応の仕方をリハーサルしているのだそうです。勿論無意識に。
「起こりうる様々な事態」ですから何が起こるかわかりません。何が起こるかわからない自然界、そこで生物が生き残るためには、ある特定の状況への対応に特化するよりも、あらゆる状況に対応できる可能性を秘めた「多様性」を持つことのほうが重要だと言われています。これと同じ原理が人間の精神活動に起こっていたとしても少しも不思議ではない、むしろ必然的なことだと私は思います。
「レム睡眠中に脳幹からのデタラメな信号」が夢の内容に関与しているかも知れないう説があるそうです。計画性、論理性、高度な情報処理の担当者が眠りこけたところで、ランダムな信号に触発されたイメージ。しかもそのイメージを作る材料「記憶」の探索は、オフラインだからこそ行けるところ、普段意識の光のあたらない無意識の領域にまで及びます。まさに「多様性」を生み出すのにふさわしいシステムと言えるでしょうか。
夢の中で行われるリハーサルは感情にも影響を及ぼすそうです。脳の作り出す様々な仮想の中で、人間は様々な感情を経験し、その経験を通じ感情を調整しているらしいのです。
5.社会が見る夢
このような睡眠中の無秩序な脳の活動が、実は現実世界で人間が上手く活動していくために役に立っている、古代から人々が「夢」を特別なものとしてきたのは、こうした睡眠時の脳の作用を無意識に感じ取っていたからではないでしょうか。
さて今回のテーマは「夢と芸術の共通点」。芸術は起きている時の活動ですから完全に夢と同じというわけにはいかないでしょう。しかしそれでもやはり私は両者に強い関係を感じるのです。
脳と社会の関係。人間は脳の活動を外部に展開することで発展してきました。一番わかりやす例が「記憶」。伝承、書物、画像等、人間は外部に様々な記憶媒体を作り、それを社会で共有してきました。これと同じようなことが「夢」についてもあるのではないでしょうか。今回述べてきた「夢」の作用、それが個人のみならず社会全体に必要不可欠なことであるならば、それは必ず社会に具体的に展開されているはずです。そして私はそれこそが「芸術」という活動ではないかと考えているのです。芸術は外部に展開された夢、社会が共有する夢なのではないかと。
次回「後編」では、夢と芸術の関係ついて具体的に考えていこうと思います。
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