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7. 地質学者と一般の人の心のずれ

全国大会の基調講演で、茨城大学の岡田 誠先生が「チバニアン」について、説明をされました。世界の地質年代の1つである「チバニアン」の基準となった露頭は、千葉県市原市田淵に流れる養老川にそった崖にある、なんの変哲も無い崖です。そこに境界模式層(GSSP)を示す丸い金属(ゴールデンスパイク)がはめ込まれています。一般の人が訪れても、美しさはかけらもなく、風景としてSNS用に見事な写真も撮れない。しかも、専門家が如何に分かりやすく説明をしても、一般の人は、ポカンとしてしまうくらい内容が難しいです。しかし、この崖には地質年代の1つに認定されたチバニアンの下限を示す境界模式層(GSSP)が露出しています。このことから、なんの変哲も無いこの崖は、ジオパーク的にいうと国際的に非常に価値のある地質遺産で、トップクラスの価値を有しています。同じ千葉県の銚子ジオパークにある屏風岩と、チバニアンの崖の写真を並べてみました。みなさんは、観光に訪れるとしたら、どちらに行きますか?どちらも地質学的価値はありますが、国際的に価値を持つ地質遺産としたら、圧倒的にチバニアンの崖に軍配があがります。でも、家族を連れて行くとしたら、どうでしょう?知的好奇心がない限り、屏風ヶ浦の方がきっと喜ばれます。(岡田先生、ごめんなさい。。。。)

別の説明をしましょう。ベトナム北部の世界自然遺産となっているハロン湾があります。ハロン湾には、海中に没したタワーカルストが作る美しい景色が広がっています。ボートで湾内を巡り、石灰岩の島にある鍾乳洞に入ることもでき、ベトナム随一の観光地となっています。このハロン湾の近くにあるカットバ島には、なんの変哲も無い白い石灰岩の崖があります。高さ数m 幅10mほどの小さな崖で、岩の上には無数の記号が描かれています。この崖で、コノドントという得たいの知れない動物の化石を用いてその進化過程が研究され、デボン紀と石炭紀の境界が存在することが明らかにされています。この崖のほぼ中央部でデボン紀と石炭紀に変わるのですが、それは単に時代の名前が変わるということではありません。地球上のすべての場所で同時に時代が変わるということは、地球規模の気候の大変動があって、そこに生きていた地球上の生物がその影響で絶滅したり、新しい種が誕生したりしているのです。もしそんな時期に人間が生きていたら、一斉に死に絶えていたかもしれない大変動が記録されています。つまり、このなんの変哲も無い崖は、地球環境が大きく変わったことや、生物の絶滅と再生が行われたことを記録している、国際的に重要な価値をもつ地質遺産なのです。もちろん、ハロン湾も世界遺産になっているので国際的価値を有するのですが、ジオパークにおける地質遺産の国際的価値は、研究された学術論文で証明されなければならないので、ジオパーク的な国際的価値という観点では、カットバ島のなんの変哲もない石灰岩の崖に軍配が上がります。しかし、地質学上の国際的価値とは関係なく観光という観点から考えると話は違います。家族旅行の際にハロン湾に行かずにカットバ島の白い崖に行ったら、確実に「ご家族がキレる」ことは間違いありません。

一般の人が感動するのは美しい風景であるのに対して、地質学者が地質遺産として大切にしたいものは国際的価値を有する地質遺産です。言い換えれば、ジオパークを運営しているみなさんが誇りたいのは前者、ジオパークを始めた地質学者が愛して止まないのは後者なのです。この違いを理解しなければ、ジオパークが地質遺産を何より大切に思う心から出発していることや、なんの変哲も無い石ころを、売ってはいけないと、必死に訴えるジオパークの真意を理解することはできません。
 ジオパーク全国大会の基調講演、岡田 誠先生がおっしゃっていました。「地質学者にとって、地球上のどんな地層(や岩石)も、地球の歴史を記録している地質遺産なのです」。その言葉はある意味本当です。ジオパークを運営している人は、ジオパークに隠された真意を理解すべきです。そうしなければ、地質物品販売(岩石販売)の問題や、再審査などでアタフタしてしまいます。 
 最近、NHKの「ブラタモリ」という番組の複数のディレクターから「地質の話は一般の人には分かりにくいので、地形や歴史の話にしましょう。」と言われました。地質を売りにしてきて、地質学会から表彰もされた「ブラタモリ」でさえ、地質の話を一般の人には伝わりにくいと判断しているのです。「地質を売りにしよう」としているジオパークにおいて、ガイドのみなさんが苦労されているのも、当然と言えるのではないでしょうか?地質学者の思いからスタートしたジオパークにおいて、国際的価値のある地質遺産を大切にしながら、岩石を売らずに保全し、地質を説明しながら、ジオパークで収入を得ることの難しさは、ジオパークが抱える根本問題なのかもしれません。ジオパークでは、地質遺産だけではなく、文化遺産の活用も視野にいれて活動しています。ジオパークにおけるそのような変化も、地質遺産だけでは観光客が呼べないという反省に立脚しているのかもしれません。

地質学者の愛は、一般の人にはわかりにくい。。。 かなしい。。。