雨と雨

なんか全部運命みたい 泣きながら泣いた分麦茶を飲みながら

/山形さなか


きっとどこにでもいる出会えば好きになれる人たちの中の、他でもないみんなのことが大好きだった。
それなのにどうして終わるのか、終わらせられて、終わらせて、異動や契約期間でいずれはみんな散り散りだったとしてもどうして今だったのか、全然わかんない。本当に当たり前に続いていた日々なのに、飲み込みがたい条件面のリスクを背負えば続けられた、のに。明日も普通に会いたいし、行けるし、やれることはあるのに。
こんなに泣くくらいなら、もらい泣きさせるくらいなら、なんでそうしなかったんだろう。なんでそう出来なかったんだろう。
出来る自分だったらそもそも違う人生を歩んでいるんだろうけど、それだけは明白なことなんだけど、そこも含めてわたしで、わたしたち、なんだけど。


七夕における催涙雨みたいな、氾濫が危惧されるくらいの大雨が降っていて、たまたま選んだ赤みのあるメイクは泣き腫らしたことで完成した感があって、しょうもなくて、


そういうわけで最終日だった。有休消化メンツを欠いたいつメンの残党でかなり少なめだったその日のノルマを消化して、他のお手伝いがなんやかんやあったので、挨拶周りを挟みつつもかなりいい時間まで平然と仕事した。本当に実感がなかった。明日も来ていいですか?などと軽口を叩きながら、どうして明日は来ないことになっているのか、全然分かっていなかった。
ただの本音なんだけれど言ったらややウケになりそうな挨拶をしたら、実際ややウケで、でも先輩が隣でデカい声でリアクションを取ってくれた。コンビとかシンメ的な職種でもないのにニコイチで動くことがなぜか多かったこの人との間には、会おうと思えば会える関係性と物理的な手段があるけれど、この先苦労をかけてしまう後輩3の前でも、今後もフロア内可愛い枠の中核を担っていくであろう愛すべき上司たちの前でもギリギリ耐えた涙腺がおしまいになったのは、耐える必要がなくなったのは、喫煙室の前で最後に別れる時、だった。
帰る方向が違うので、喫煙室の前で、ロッカーで幾度となく別れた。方向が違うのに途中までついていったこともあった。他の人に聞かせちゃいけない話からどうしようもない雑談まで、いろんな話を、いろんな仕事を抱えながらした。この時間を終わらせてしまったのは最終的にはわたしの決断で、考えられる大きめの迷惑を全て回避するための行動だったのだけれど、とはいえこうもならないほうが良かったのは、先輩にとってもそうだったのだと思う。
不安定な働き方をしている以上、そして上司たちにも異動がある以上、遅かれ早かれ別れはあった。どうしたってそれが悔しくて、でもそのおかげでみんなと出会えた。せっかく耐えたのに結局上司たちにも泣いているところを目撃されて、ビューティー担当は「また会おうね」と向こうもとても悲しそうに言ってくれたし、キュート担当はキュートだった。また会いたいのは本当にそうだったので、後で先輩にご飯会などあれば混ぜてくださいと図々しくも頼んでおいたけれど、本当はそれよりもここで一緒に仕事をしたかったし、ここで話したかった、と思う。
仕事仲間として出会っている以上、そしてそれが心地よかった以上、ありたいのは仕事仲間だし、たぶんそういう関係がわたしには性に合いすぎている。学校の先生たちが好きだったように、自分が大人に加わってからも職場のお姉様方のことが大好きで、自分もお姉様方となっていくこの先どうなるかは我ながら全然分からないけれど、当面、こういう思いをし続けていくのかもしれない。
言葉に詰まりながら先輩と握手をした。普段滅多に泣かないのに!やめてー!と言いながら結局先輩も全然泣いていて、最後にこの人をもらい泣きさせたというのは、なんだか、貴重な出来事のような気がした。

大雨の中を帰った後も家で爆泣きして、泣き疲れて、LINEの返信に大いに時間を要しているけれどどうか察してほしい。獲得してしまった次の仕事までの夏休みが、あんなに欲しかったのに後ろめたくて、と言ったなら誰もがそんなこと思わなくていいのにと言ってくれるのも分かっていつつ、せめて忙しくしていようと考える。
この先の自分のためにやれること、やらなきゃいけないことがいくらでもある。自分のために生きてよくて、自分のために選択をしたけれど、やっぱり、ここで自己犠牲じゃない強い利他的な決断を出来る人間でありたかったと、前提から全てひっくり返る仮定だとしても、思う。


推し活のようなことをしていて、これ以上の対象にはもうきっと出会えないと思っていて、その後界隈自体から遠ざかってしまったので予感はほとんど確信になってしまった。仮に戻ることがあっても、新たな何かと出会うことがあっても、それが特別だったことにはなんの変わりもないので、やっぱり確信で、永遠だった。
だから、これはそれなりの根拠と質量を持った悲観で、もうこれ以上の場所には出会えないかもしれないと思ってしまう。

なのに手放してしまった。呆気なく終わらせてしまった。しんどいこともたくさんあったはずなのに、終わったことで美しくなってしまった。
新しい場所で強くなって、全てを乗り越えて戻る選択もなくはないのだろうけれど、些か非現実的だし、戻りたいその場所の顔ぶれは永遠ではない。
手詰まりだった。もっと上手く立ち回る方法もあったのかもしれない、けれど、もう全ては過去だった。
過去になっちゃった。

戦ってくれる人はいて、でも戦えば全てが思い通りになるわけではないことも分かっていて、でも、でも、たとえ胃痛を抱えながら、危ない橋を渡りながらでも残る価値はあったんじゃないかって。もっとそっちを信じても良かったんじゃないかって。


眠れないまま朝が来た。
結局全てはわたしの弱さで、でも幸か不幸か、それってわたしのせいじゃない。
世の中に、過去に、タイミングに、偉い人に、負けてしまった。
負けたんだ、わたしは。


いつかこの決断で正解だったと言ってもらえる日が来たとしても、どちらでも同じだったことになるくらいに過去として収斂する日が来たとしても、この悔しさも、悲しさも、負けたことも、わたしの弱さも、忘れたって、平気になったって、全部全部本物だった。

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