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潜ります ―サケ篇―

僕は仕事中に、配信を聴いている。     

配信というのは、主にラジオアプリの放送だ。                                                   リスナー(ラジオを聴く人のことだ)のスタイルには主に二つある。    積極的にコメントを配信に載せていく”コメンテーター”、コメントはせず、ひたすら聴きに回るのが”聴き専” 。僕はどちらかというと聴き専であることが多い。 ただ、何もコメントせずいきなり聞き専に回ると 配信者さんも心配するのでそんな時に必ずするコメントが   

      「サザンカさん、潜りますね」

              ※                         「はい、サケさん、”潜り”了解です。ゆっくり作業していってくださいねーー」  私は作業のお供になるような配信をしている、いわゆる”配信者”だ。  主に朝7時から配信しており、おかげさまで常に7~8人のリスナーさん(居酒屋でいう常連さん) がいて、楽しく配信している。 その常連さんの中でも特に気になっているのが、”サケ"さんだ。このサケさん、コメントで配信を盛り上げることも多いがいったん”潜ります”と言うと 半端なく潜る。一言も発さないのだ。ひとたび、浮上すると開花した桜のごとく、鮮やかにしゃべりだす。まるでプレッシャーをごまかしているかのように、私は感じていた。

 「ハートありがとう。そのハート、サザンカと合わせて、リースにするね!ハートありがとう」

                  ※※

 「サザンカさん、潜りますね」                   

 僕は一言コメントを撃ち込んだ後、潜りを始めた。 腰の拳銃には常に手をかけている。警戒心の強い人間が多い、この業界では不自然なことではない。 僕は犯罪組織に潜る”潜入捜査官”だ。右耳のイヤホンでは、組織に仕掛けた盗聴器の音を聴き 左耳のイヤホンではサザンカ娘さんの配信を聴いている。  目の前には、組織が取引に使う部屋があった。今日の任務はこの部屋から俺が仕掛けた盗聴器 を回収すること。  ゆっくりとドアを開ける。  中央には、取調室でよく見るような机がある。近頃、逮捕された時の予行演習のために ”取調室の机”を導入する組織が増えている。 僕はゆっくりと机に近づき、かがみ、机の裏を確認した。盗聴器を回収する。



 ガチャッ


 扉が突然開く。 サザンカさんの配信に夢中になりすぎたか?しかし、じゃんけんのコーナーは聞き逃せないだろう。 チョキの”ちょ”の言い方が最高に可愛いのだ。 小声で”ちょき”と言いながら、扉の横の金庫の陰に隠れた。 この組織の幹部が入ってくる。 僕はゆっくりと幹部の後ろをすり抜ける。    部屋を出て、自室へと向かう。 その途中で、僕は早速、盗聴器にイヤホンをつないだ。 再生ボタンを押そうとして・・・やめた。 左耳のイヤホンを着けなおし、スマホに表示されているダイヤのマークを押す。

 「ハートありがとう。そのハート、サザンカと合わせて、リースにするね!ハートありがとう」

 仕事の疲れが吹き飛んだ。 この調子で悪の組織も吹き飛ばしてやるか。

 配信終了        

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