憲法学者の思考法
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憲法学者の愛した憲法「思考法」
東京都立大学大学院教授木村草太氏といえば、テレビ朝日「報道ステーション」に、当時30代前半の若手憲法学者として、丸坊主頭というおよそ学者らしからぬ風体で登場していたことを思い出す。政治・憲法の時事問題について、古館伊知郎のアグレッシブな司会に、冷静沈着、わかりやすいコメントで応答し、小気味の良いテンポのミニ討論となっていた。教授はかなりチャレンジングな理論構成でありながら、説得力のある持論を展開していたことを思い出す。その教授が、特定秘密保護法、死刑、天皇制、沖縄と基地問題などの時事問題と憲法についての論考と趣味の将棋の文章をまとめた一冊が上梓された。
後で気付いたが、教授との出会いは本書が初めてではなく、助手論文『平等なき平等条項論-憲法14条1項とequal protection条項』(東京大学出版会、2008年)を読んでいた。同書は合衆国憲法の平等保護条項の展開について論じたものであったが、その論理展開はかなりユニークなものであったことを記憶している。
最も印象に残っているのは、冒頭にふれた「報道ステーション」で辺野古移転問題についてのコメントである。辺野古基地移転は、名護市・沖縄県の自治権の制限を伴うものなので、憲法で保障された「地方自治の本旨」(92条)に従って法律で定めるべきことであり、また、その法律は沖縄県・名護市のみに適用される特別法として住民投票が必要である、単に日米政府の合意と閣議決定で決めるべきことではない、と明確に述べたことである(本書「沖縄を問うということ」「沖縄と差別」収載)。あまり議論されることがない憲法の地方自治の条項をこのように解釈して結論を導くのか、と感心した記憶がある。
一方で教授は「特定秘密保護法」については肯定的である(「特定秘密法の制定過程が示すもの」)。かつて「西山事件」の時には、およそ民主主義国家に「国家機密」はない、という議論もあったが、教授は「内容に問題のない法律」と評価し、問題視されたのは、政府への不信感が原因だ、と冷静にとらえている。このあたりに、おそらく、指導を受けた長谷部恭男教授の影響を受けたプラグマチックな「思考法」が出ている。また、安保法制の集団的自衛権の行使は現行憲法の下で認められる個別的自衛権の範囲を超えるものであり、憲法改正必要であると別のところで述べている。憲法の緻密な解釈によって結論を導きだす「思考法」も同様である。
最近「家族の憲法化」現象が著しい家族法の分野でもこの「思考法」で問題を論じている(「同性婚制度の不在を考える」「共同親権の導入を考える」)。最近でも現在の単独親権制度は合憲(令3年2月17日)と同性婚否定は平等保護に反し違憲(令3年3月17日)という判決も出ている。「同性婚禁止違憲」判決の理由は教授と同じ、一方で共同親権は、憲法の問題ではなく、離婚後の子どもの養育支援、面会交流制度の整備等の問題としてとらえているが、ここにもプラグマチックな思考法を見ることができる。
教授は「数学の背理法に相当する論証」が好きなようだ。「反論できないという意味では強力」だが「意地悪さを感じる論法」である。しかし憲法上の権利が問題になるような先鋭的な場面では、「気に入らないが反論できない」論証も必要だ、という。この「思考法」に教授の明晰・怜悧な理論構成と説得力の秘密があるように感じた一冊であった。「憲法学者は、性格の悪さを正義のために役立てられる楽しい仕事」として、これからも出てくる憲法問題について、新たな切り口からの発言を期待したい。
2021/03/18 13:02