足が震えた夏 餓鬼岳(前)
果てしない星空、畏るべき天の川を横ぎってゆく薄い雲。その夜空を闇で切りとる槍ヶ岳。槍ヶ岳を浮かべる雲海。
「雨の中を登ったご褒美だね。美しい」と杏子が言う。
「……だね。雨が小雨でよかったよ」と実樹はくふふと笑った。
わたしは星空と槍ヶ岳と雲海に見惚れて、話しかけないで、と思っていた。
「九時に消灯だから、部屋に戻るよ」と杏子に肩を揉まれ、「真っ暗にならない前に寝よう。ヘッドライトをつけて歯磨きしたり、トイレに行ったりしたくないでしょ」と実樹に肩を叩かれた。軽くだけどね