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#餓鬼岳

雨に惑う 餓鬼岳(後)

 山小屋の朝は早い。餓鬼岳小屋も同じく、早い。  杏子は掛け布団を座布団代わりに胡座をかきスマホを見ている。お天気アプリで雨雲の様子を確かめていた。 「おはよう」 「おはよ、那々」  わたしはむくりと起きて、腕時計見る。午前四時。さてと、まずは布団を畳もう。  同宿の登山客たちは、「雨が降ってるよ」「でも小雨だ」「この程度の雨でも、足元には気をつけなくちゃ」「濡れた岩場はすべるよ」と誰彼となく伝えあっている。  わたしが一番寝坊助だった。  実樹はとっくに洗顔をすませていた

足が震えた夏 餓鬼岳(前)

 果てしない星空、畏るべき天の川を横ぎってゆく薄い雲。その夜空を闇で切りとる槍ヶ岳。槍ヶ岳を浮かべる雲海。 「雨の中を登ったご褒美だね。美しい」と杏子が言う。 「……だね。雨が小雨でよかったよ」と実樹はくふふと笑った。  わたしは星空と槍ヶ岳と雲海に見惚れて、話しかけないで、と思っていた。 「九時に消灯だから、部屋に戻るよ」と杏子に肩を揉まれ、「真っ暗にならない前に寝よう。ヘッドライトをつけて歯磨きしたり、トイレに行ったりしたくないでしょ」と実樹に肩を叩かれた。軽くだけどね