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サラバ!

サラバ!/ 西加奈子著

イランで生まれた少年、歩が大人になるまでと、問題児の姉、自分を曲げない母、優しい父の物語。


家族、男と女、芸術、友情、宗教、色々なテーマがあった。家族への憎しみ、男としての衰え、辛い時の友達の存在の大きさ、納得できないとこも共感できるとこもたくさんあった。

歩に須玖がいてくれて良かったと思ったし、自分にとってのそういう奴を思い浮かべて心の中で感謝した。


・気に入った文章

おばさんの芸術を愛する様子、そしてそれを決してひけらかさず、ただ愛によってのみ突き動かされている様子が、とてもよく似ているのだった。(中/p133)

高校でできた親友、須玖(すぐ)と夏枝おばさんの共通点について。自分が小説を読む理由は、誰かにひけらかすためか、自分の価値観を広げるためだったから、作品を愛するっていう感情が抜けていたと思う。誰にひけらかすでもなく、自分一人で完結する楽しみ方が出来たら楽だろうし、それが一番、作品に触れていて楽しいだろうないと思う。


僕は猫背になった。そして、言葉が口の中でこもるようになり、相手の目をきちんと見ることが出来なくなった。劣等感が自身の印象を変えてしまうことを、僕は30歳になって初めて知った。(下/ p49)

抜け毛が原因で容姿が変わってしまったことで世界の見え方まで変わってしまった瞬間。見た目といういつか衰えるものに頼って生きてきた人間が、それを失った瞬間に世界が転落してしまう様子が怖かったし、教訓的な話だと思った。見た目だけが衰えるわけじゃなくて、技術とか知識も時代遅れになるし、歳を重ねていくにつれ学歴とか職歴という肩書きの価値もなくなっていく思う。

今年30になる自分だが、容姿には多少の自信があった。それと20代という若さをある種、武器にして生きてきた。でも今では、肌は荒れ、髪は細くなり、歯は黄色くなってきた。自分が拠り所にしてたものを無くした時にどう戦っていくか、そもそも戦おうと思えるのか、少なくともこれを読んだ自分には「いつかこういうことが起きるぞ」と身構える準備が出来たような気がする。

性格の悪い考え方だけど、インスタで肌露出しまくりの自己顕示欲を好きなだけ満たしている一般に可愛いとされる人達もいつかこういう憂き目に会うのだろうと思うと、意外と世界は平等なのかもしれないなと思うし、外見ばかり気にしていては駄目な理由がわかった。


須玖は自分を生かした、この世界に留めたティラミスに、感銘を受けたのだ。甘くて美味しい、ひとつのティラミスが、全く減じなかった須玖の「死にたい」という心を、融かしてしまったのだ。須玖はきっと、世界で一番くだらないことをしようと、その時思ったのではないだろうか。(下/ p76)

高校時代ぶりに再開した親友、須玖がティラミスというお笑い芸人になっていた話。この小説の中で須玖という登場人物が一番好きだし、須玖がティラミスをペロリと食べてしまった話が好きだ。ただ、須玖自身はくだらないと思ってなくて、本当にティラミスを愛してるからそれをやろうと決めたんだと思う。


僕はその時どうしたか。「そんなに好きではない」、「レベルの低い女」だと蔑んでいた恋人に裏切られた、33歳の薄毛の、ほとんど無職の僕は、どうしたか。「ははははははははは!」笑ったのだった。(下/ p129)

蔑んでいた恋人に浮気され、性行為中にアクシデントで電話してしまい、その声を主人公が聞いてしまった後のシーン。不幸もどん底まで来ると笑っちゃうんだろうなと思った。浮気の発覚の仕方自体、衝撃的だったけど、その後に笑っちゃうのは何となく理解できた。自分が同じ立場でも笑っちゃうのかもしれない。次の日に歩が彼女にひどいこと言うのも、それまでの彼女への態度も最低だけど、浮気した彼女も最低だからお互い偽善者ぶらず、上下作らず、やりあって傷つけあえばいいと思った。それがフェアな別れ方だと思った。

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