「小説の神様」について

 読書メーターやブクログで,読んだ本の感想を残してきた。基本的に,読書メーターでは「ネタバレなし」の感想を残し,ブクログでは「ネタバレあり」で,自分が後で読んでその作品のことを思い出せるようにしてきた。

 先日,文庫版で,「アガサ・クリスティ―完全攻略〔決定版〕」(霜月蒼。株式会社早川書房。2018年)を読んだ。これが,素晴らしいブックガイドで,クリスティーの著作を改めて読みたいと感じ,実際に,「五匹の子豚」,「白昼の悪魔」,「ポワロのクリスマス」という作品を購入して読んでしまった。「五匹の子豚」は,高校生の頃に読んだことがあったので再読。そのほかの2冊は,初めて読んだ。そして,このようにほかの人がその本に出合うきっかけとなる記事を書いてみたいと思った。

 そもそも,「アガサ・クリスティー完全攻略〔決定版〕」の「文庫版あとがき」によると,著者の霜月蒼は,「《刑事コロンボ》を数話しかみていなかった私をレンタル屋に走らせ,一ヶ月足らずで全話コンプリートさせて,ついにはDVDボックスまで買わせてしまった」という「増補改訂版/刑事コロンボ完全捜査記録(町田暁雄ほか。宝島社文庫)と,「何度もジャズを聴きかけては挫折していた私を,読後の一年間で百五十枚のジャズCDを芋づる式に買う羽目に陥らせた」という「別冊宝島 JAZZ”名盤”入門!」を常に念頭においていたとのこと。そして,この二冊が著者に及ぼしたような効果を,「アガサ・クリスティ―完全攻略」にも持たせることが理想だったという。なるほど。そういった狙いで書かれたことが納得できるデキの1冊だった。

 私も,理想としては,そのような「ブックガイド」的な書評を書いてみたくなったのだ。そこで,noteを使って書いてみようと思っている。その最初の作品は,タイトルどおり,文庫版の「小説の神様」(相沢沙呼。講談社タイガ。2016年)としたいと思う。

 小説の神様は,今年,2020年の10月から実写映画が公開されている人気の小説。2019年から2020年に書けて漫画化もされている。しかし,私は映画を見ていないし,漫画も読んでいないので,もっぱら小説についての紹介になる。なお,ネタバレは極力避けるつもりだけど,ブックガイドである以上,全く中身を紹介しないわけにはいかないので,これ以下はそのつもりでお読みください。

 「小説の神様」の主人公,千谷一也は,中学2年生のときに「一般文芸のそれなりに名のある新人賞」を受賞し,「千谷一夜」という名前でデビューした覆面作家。発表した作品は酷評され,売り上げも振るわない。父親も小説家だったが,一也いわく,「売れない小説を書き続け,借金だけを残し,家族に迷惑を振りまきながら,呆気なく死んでいった男」とのことである。母は出版社勤め。そして,妹は心臓の病気で入院中。

 思い悩む彼に,河埜さんという編集者は,他の作家とチームを組んで,二人で小説を書いてみないかと,提案する。その他の作家というのは,同じく高校生で,「不動詩凪」という名前でデビューしている小余綾詩凪という女子高生。一也と同時期にエンターテイメント性を重視した,別の文学賞を受賞してデビュー。一也の記憶では,小説の売り上げも上々。一也は,彼女の作品を読み,「正直,適わない」と感じ,見ないふりをしていた。そして,詩凪は,一也の同級生。とある事情で,一也と激しく衝突していた人物だった。

 この小説は,この二人が,ぶつかったり,認めあったりしながら,一つの小説を作り上げていく。簡単にいうとそういう作品である。分かりやすい,起承転結の構成の話でもあり,いってみれば王道の青春小説。しかし,漫画化され,映画化されているように,一般的な評判もいい。何より,私が大好きな小説なのである。

 それほど目新しさのない,王道の青春小説を面白いと感じた理由は何か。私の考える理由は,月並みな理由なのだが,キャラクターの魅力である。どちらかというと,相沢沙呼の作品に出てくる主人公は,ちょっと情けない人物が多い。一也も,他の相沢作品と同じように,情けない言動が垣間見える。しかし,それ以上のかっこよさを持った人物である。そもそも,売れないといっても,中学校2年生のときに,賞を取ってプロとしてデビューしている作家なのだ。

 対するヒロインもかっこいい。そもそも,他の相沢作品でも,ヒロインはかっこいいのだ。しかし,他の相沢作品のヒロインと同様に,いやそれ以上に,弱さを隠し持っている。

 登場人物は少ない。一也が所属する文芸部の部長で,友人でもある九ノ里正樹,後輩で,小説を書いている本屋の娘,成瀬秋乃,そして妹の千谷雛子。あとは,編集者や先輩の小説家が出てくる程度である。しかし,この脇を固める人物達も,なかなかに魅力的に描かれている。とてもいい人達であり,一也のよき理解者なのだ。

 既に述べたが,展開は,まさに王道である。さほどひねりはない。推理小説的な伏線や,ちょっとした意外性がないわけではないが,それが見どころではない。怒涛の王道的な展開と,主人公の一也の周囲にいる一也の理解者達の言動。そういったものを読んで,小説の最後の当たりで,さわやかな気持ちになる。そんな小説なのである。それだけに,最後のあたりでは,終わるのが惜しく感じる。この小説の素敵な雰囲気に浸っていたい,終盤でそう思わせる小説である。読後感はすばらしい。

 続編も出ているので,読んでみたい気もするのだが,この小説は,この小説の終わり方で,良質な読後感を醸し出している。続編でも,二人は改めて衝突するのだろうし,また,挫折を感じるのかもしれない。そうすると,読むのが怖い気がする。この素敵な読後感をいつまでも感じていたい。そう感じさせる良質の青春小説なのである。

 最後に,この小説を読んで,一番心に残ったのは,主人公の妹である雛子の次の台詞。この書評はこの台詞でしめたい。全く持って,身につまされる台詞である。好きな作家の作品は,ブックオフで買ってはいけない。そう感じさせる台詞である。 

「もうね,お兄ちゃんを見ているとね,お金を払わずに作品を読むのが心苦しくて……。こんなんじゃファンを名乗れないから,お小遣い全部使ってでも,これからは文庫本はきちんと揃えていくよ!」

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