6月の推奨香木:沈香の真那賀『仮銘 夢の浮橋』と、真那賀に使われがちな伽羅『仮銘 さきそふ枝』

『香木三昧』でも触れましたが、真那賀という木所(羅国も同様に)に用いられる香木は昔から産出量が少なかったためか伽羅で代用されることが多く、殊更に聞き分けを困難にしてきたと考えています。

例えば「参加した香席で真那賀や羅国が出て来ると知らされていながら実際には伽羅しか回って来なくて、全く正解できなかった」というような事例が頻繁に起きていると仄聞しています。
あるいは、「最近、真那賀と羅国とが聞けなくなって…」というお悩みを色んな方々から頂戴するようになっています。
(それらはいずれも御家流の方々に多く見受けられます。御家流では事前に組香に用いられる香木の木所を明記して配布されるからです)

それらは御家元・御宗家に継承される「六国(木所)」の基準とは全く別の問題で、あくまでも巷で一般的に販売されている香木の現状を反映しているに過ぎないものと解釈できます。

以上のような現象を具体的に検証することが出来れば、六国(木所)の聞き分けという困難なテーマに対して一つの答えを見出していただけるのではと考えて、6月の推奨香木には「A.沈香の真那賀」及び「B.真那賀に使われがちな伽羅」の計二種を選んでみることにしました。
単に趣味で聞香を愉しまれる場合はともかくとして、香木を六国(木所)に分類した上で聞き分けを究めようとされる場合においては、「沈香の真那賀」と「伽羅を無理やり当てはめた真那賀」とを同列に論じることは混乱を招くもとになると危惧されるからです。

A.沈香の真那賀

夢浮橋

今回お奨めするのは、揮発性が高く流動性の豊かな樹脂分が細胞組織に満ち満ちている『仮銘 風の移り香』や、樹脂分の密度に極端なムラがあるものの密度が濃い箇所も薄い箇所もそれぞれが真那賀らしい曲(くせ)を感じさせる立ち方をする『仮銘 雲ゐの花』とも異なるタイプで、樹脂化が進行した歳月が比較的に短かったためか組織に分泌された樹脂分の絶対量が少なく、また密度が粗く、そのためか却ってイメージにある真那賀の雰囲気=仄かで、たおやかで、儚さを感じさせる好ましい立ち方=を体現するタイプと言えます。
それでいて、真那賀に特有の曲(くせ)はしっかりと感じさせてくれる、典型的なタイ産沈香の一例です。
安定して仄かに放ち続けるア(甘)を、ぜひ注意してお聞き下さい。

次に紹介する伽羅のア(甘)との違いこそが、沈香と伽羅との決定的な相違であると申し上げて、ほぼ間違いないと考えています。

何年も前に分木完了(在庫ゼロ)となってしまった真那賀の仮銘を復活させて、『仮銘 夢の浮橋』とさせていただきます。
証歌は次の通りです。

世の中は夢の渡りの浮橋かうち渡りつゝものをこそ思へ   
                            (出典未詳)

B.真那賀に使われがちな伽羅

さきそふ枝② (2)

その昔、新伽羅として販売したことがあった伽羅『仮銘 さきそふ枝』です。(当時は通常2g単位で販売していました関係で塊を全て写真のような形状に截香してありますが、近いうちに短冊状に截香し終えましたら、またお報せいたします。)

『香木三昧』で採り上げたように、「新伽羅」という木所は極めて曖昧で掴みどころが無いため、麻布香雅堂においては単に樹脂化が進行した歳月が短く、密度も粗く、堂々とした伽羅とは言えない伽羅と位置付けて参りましたが、「香組の都合上新伽羅が必要!」とのご要望にお応えして、いわゆる「若くて浅い伽羅」の一つを新伽羅としていたものです。

樹脂分の密度が比較的に濃い箇所と薄い箇所とが入り混じっており、伽羅としての品質は高いとは申せません。
お奨めする理由は、樹脂化が未熟な組織から放たれる雑味=主に沈香樹の組織のままの匂い=に雑じって立ち続けるア(甘)が紛れもなく伽羅の特徴を現していると言えるからであり、同時に、香木に残された「ただの樹木の組織」がどのような雑味を感じさせるのかを見極めていただくのに格好の素材と言えると感じているからでもあります。
(樹脂化の密度が高い箇所は、明瞭に伽羅の香気を放ちます)

証歌は次の通りです。

心あてにわきてやみまし梅の花さきそふ枝にふれる白雪
                   (侍従藤原房教)(和漢兼作集)

樹脂化が未熟で元の植物の組織が残っている沈香Aと伽羅Bとを、敢えて同時に推奨させていただきます。
ご参考までに、ぜひ比較して聞香をお愉しみ下さいませ。

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