9月の推奨香木…「羅国らしい羅国」と「羅国らしくない羅国」

六国(木所)の特徴を具える香木が実に稀少な存在であることは、これまでも度々申し上げて来ました。
中でも双璧と言えるのが、真那賀と羅国です。
どちらもその稀少性の故に伽羅で代用されることが多くなり、年々、六国(木所)の判定を困難にさせていると見受けられます。

そこで9月の推奨香木は羅国に照準を当て、異なるタイプの二種を紹介しようと考えました。

1つは「羅国らしい羅国」です。
樹脂化の度合いは高くはありませんが、顔(塊の外見)も断面も、典型的なベトナム産沈香の特徴を色濃く表しています。

雪間の草②

樹脂化の度合いは低いのですが、採取されてから経過した歳月は相当に長かったものと思われます。
その根拠は、香木に生じた割れ目が水分の浸食を受け、やがて朽ち果てた形跡が残っていることです。
ちょっと判り辛いかも知れませんが、木目に沿って縦に割った断面の一部を撮影してみました。

雪間の草③

(左端・右端に樹脂化した部分が写っていますが、それ以外の薄茶色に見える部分は朽ちており、組織が脆くなっています。)

朽ちた箇所を削り取って加熱してみますと案の定雑味はあまり感じられず、力強くはないものの確かに羅国の香気を感じさせます。
恐らく低密度に樹脂化を遂げた後に朽ちたものと推察されます。
それ以外の箇所からも仄かながら確かな「辛」と「甘」が感じられ、その他の味も少しながら含まれています。

真那賀『仮銘 夢の浮橋』がそうであるように、樹脂化の密度が比較的に低い箇所を加熱しますと、意外にも木所の特徴が却って掴み易いと感じることがあります。
その意味で、この香木を「羅国らしい羅国」と評価し、組香で安定した羅国として安心してお使い戴けるものと考え、推奨いたします。

仮銘は、次の和歌を証歌として『雪間の草』としました。
花をのみ待つらむ人に山里の雪間の草のはるをみせばや
                       (藤原家隆)(玉吟集)

もう1つ、「羅国らしくない羅国」を採り上げてみます。

沈水香木(伽羅を含む)がどのようにして形成されたのかについては分からないことが多々あるのですが、採集された塊を数多く見てきた体験から、推測できることも幾つかあります。
例えば「枝の一部が樹脂化したと思える事例」、「樹皮の直ぐ内側が樹脂化した事例」、「根っ子が樹脂化した事例」、「節の周囲が樹脂化した事例」、「昆虫の巣穴(繭)を中心として樹脂化した事例」などです。
そんな中、樹脂化の経緯が推測し辛いのが、「馬蹄形」と通称される事例です。
産出地は様々ですが、形状が馬の蹄(ひづめ)のように見えるタイプの香木が存在します。
「お椀を伏せたような形状」と言い換えると、解り易いかも知れません。
恐らく、洞穴の周囲が樹脂化を遂げた後に何らかの理由で水分の浸食を受けて一部が朽ち果てた塊が、沈香樹の本体から削り出されて採取されたのでは?と想像するのですが、何しろ天然の沈水香木を採取する現場に立ち会えた経験が無いため、詳細は全く不明なのです。

次に紹介する「羅国らしくない羅国」は、日本に輸入されてから長い歳月を経た馬蹄形の沈香で、一部が朽ち果てる以前の段階で、高度に樹脂化していたと思われます。

ふるき梢①

反対側を撮影してみました(下の写真)。
下部が水分の浸食で朽ち果てており、聞香には不向きな状態です。
(濃い茶色に見える部分は、ひび割れて水分に浸食された痕です)

ふるき梢②

通常の馬蹄形沈香は言わば ‟お椀の厚みが少ない“ ため有効利用できる箇所が少ないのですが、今回の事例は珍しく板状に截香が可能であったため、優良部分を選んで分木することを考え付いた次第です(下の写真)。

ふるき梢③

‟羅国らしくない“ と申し上げる理由ですが、言葉では言い表しづらいため、ぜひ実際に聞香して戴ければ!とお奨めします。
敢えて表現しますと、立ち始めから、五味では表し難い香気を放ちます。
これがいわゆる「杏仁(あんにん」の香りか?と思わせますが、一方では、「奇気と伝えられる五味以外の香気がこんなに長く続く筈が無い!」とも感じます。
つまり、羅国らしい「匂いの筋」を上手く捉えることが出来ないままに、長い時間が経過するのです。
このような香木は、本当に希少だと思います(似たような事例に『仮銘 散らぬ花』がありますが)。

ほのぼのと夢見心地に誘われるような好ましい香気は、文字通りの古木ならではの気高さを感じさせてくれます。
そこで、次の和歌を証歌として『仮銘 ふるき梢』と名付けました。
ももしきや花も昔の香をとめてふるき梢に春風ぞ吹く
                     (順徳院)(続千載和歌集)

香組に使い易い『仮銘 雪間の草』に比べて、組香には不向きな『仮銘 ふるき梢』(鑑賞香として一炷聞きに最適です)。
対照的な二種の羅国を聞き比べつつ、お愉しみ下さいます様お奨め申し上げます。


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