新司法試験平成21年第1問 民事訴訟法 答案例
<新司法試験 平成21年 第1問>
1 設問1について
問題文(ⅰ)~(ⅲ)の各場合について、裁判所は証拠調べをすることなく、「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実を判決の基礎とすることができるか。
(1) まず、前提として、そもそも裁判所が当該事実を判決の基礎とすることができるか。
弁論主義第1テーゼによれば、当事者の主張しない事実を、裁判所は、判決の基礎とすることができない。そして、弁論主義が適用される事実は、法律効果の発生変更消滅を判断するのに直接必要となる主要事実のみである。
ここで、Xの主張している事実は、建物買取請求権(借地法4条2項)をYが裁判外で行使したという事実である。これは、建物買取請求権行使の効果が発生しているかを判断するために直接必要な事実であり、主要事実にあたる。
また、当該事実は本来であれば借地権者Yが主張すべき事実である。これを主張責任を負わないXが主張している場合でも、弁論主義第1テーゼにいう「当事者」の主張する事実にあたるか問題となるも、当事者が主張する事実にあたることになる。なぜなら、弁論主義は当事者と裁判所のどちらが裁判資料の収集提出の権能及び責任を負うか、という役割分担の問題であり、当事者間における役割分担を規律するものではないため、当事者のうちどちらかが主張していれば足りるからである。
以上より、裁判所は当該事実を判決の基礎とすることができる。
(2) 次に、証拠調べをすることなく、当該事実を判決の基礎とすることができるのはどのような場合か。
弁論主義第2テーゼは、当事者間に争いのない事実、すなわち自白の成立した事実は、そのまま判決の基礎としなければならない、としている。そして、民事訴訟法(以下法文名省略)179条は、「当事者の自白した事実・・・は証明することを要しない」としている。すなわち、そのまま判決の基礎とする、ということは、証拠調べをせずに、当該事実を判決の基礎とすることをいう。
したがって、弁論主義第2テーゼが適用される場面、すなわち、裁判上の自白(179条参照)が成立する場合に、裁判所は証拠調べをすることなく、当該事実を判決の基礎とすることができる。
ここで、裁判上の自白とは、口頭弁論又は弁論準備手続においてなされた、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実を認めて争わない旨の陳述をいう。そして、「自己に不利益な事実」とは、自白の相手方が証明責任を負っている主要事実のことである。
これを本問についてみると、当該事実について証明責任を負っているのは、建物買取請求権を行使するYである。そうすると、Yが当該主張をし、Xがそれを認めて争わない旨を口頭弁論等で陳述した場合の、当該Xの陳述が通常の裁判上の自白である。
もっとも、本問ではYが当該事実を主張する前に、X自身が当該事実を主張している。この場合、Yのとる(ⅰ)~(ⅲ)の陳述がどのように扱われるか。
(4) Yが(ⅰ)当該事実を否認した場合について
YがXの主張する当該事実を争った場合、そもそも「相手方」たるYの「主張」と「自己に不利益な事実」の主張たるXの陳述が「一致」しない。
裁判上の自白が成立すると当該事実についての証明不要効が発生する趣旨は、私的自治の支配する民事上の紛争を解決する民事訴訟手続においては、民事訴訟法の範囲内で私的自治を維持すべく、当事者に事実及び証拠の収集提出の権能及び責任を与え、争いのない事実については、当事者の、その事実の存否については争わないという意思を尊重し、その事実があったものとする点にある。そして、当該事実についての主張が一致している場合には、その事実があったとすることについて当事者の意思が一致したとみることができる。
本問ではそもそも主張が一致していないため、証明不要効が発生する前提を欠く。
したがって、(ⅰ)の場合において、裁判所は証拠調べをすることなく、当該事実を判決の基礎とすることはできない。
(5) Yが(ⅱ)援用した場合について
YがXの主張する事実を援用した場合、Yが当該事実について主張したことになる。そうすると、Yの主張した事実とXの主張した事実が一致することになる
したがって、(ⅱ)の場合において、証明不要効が発生し、裁判所は証拠調べをすることなく、当該事実を判決の基礎とすることができる。
(6) Yが(ⅲ)争うことを明らかにしなかった場合について
Yが争うことを明らかにしなかった場合、そもそも、Yが当該事実について主張しているとみることができるかが問題となる。
ここで、類似の状況を扱う条文として擬制自白を規定した159条1項本文がある。本条は「相手方」の主張はあるが、「一致する自己に不利益な事実を認めて争わない旨の陳述」があるとは明確にいえない状況において裁判上の自白が成立するかを規律している。争うかどうか明らかにしない、ということから、その事実の存否については争わないという意思をもつとみなすことによって、争点整理を迅速に行うこととしている。このようにみなすことができるのは、当該事実について争うべき当事者が明確に争わないということは、その事実をあったものとする意思を読み取ることができるからである。こうして、争うかどうか明らかにしないという態度を、事実を認めるという陳述として取り扱うことになる。自ら主張しなければならない事実を相手方が主張している場合においては、そもそも自ら事実を主張しなければならない。争うかあきらかにしないという態度から、当該事実を主張しているとみることができるか問題となるが、本来自らが主張立証すべき事実であることからすると、相手方が主張してくれていることを放置するという態度は、当該事実を自ら主張したものとしてもかまわないという意思を推認することができる。そうだとすると、争うことを明らかにしない場合においても、相手方が主張する事実を自らも主張するものと取り扱うことができる。
したがって、争うことを明らかにしない場合であっても、相手方が主張している事実を自らも主張していると取り扱うことができる。
本問においても、YはXの主張する事実を陳述したと取り扱われる。
そうすると、本問事実についてもYの主張する事実と一致するXの陳述が認められ、証明不要効が生じる。
以上より(ⅲ)の場合においては、裁判所は、証拠調べをすることなく、当該事実を判決の基礎とすることができる。
2 設問2(1)について
Xには第2訴訟について訴えの利益が認められないので、訴えは却下されるべきである。その理由は以下のとおりである。
第2訴訟は建物収去土地明渡請求事件である。口頭弁論終結時において土地明渡請求権の履行期が到来しているため、現在給付の訴えにあたる。確かに、この現在給付の訴えは、請求権が履行できるにもかかわらず履行されていないことから、紛争が成熟しており、判決を下すのが紛争の実効的解決に有効適切として訴えの利益が認められるのが原則である。
しかし、本問におけるXはすでに第1訴訟において本問建物を退去し土地を明け渡せという確定判決をすでに得ている。第1訴訟における訴訟物は土地明渡請求権であり、その請求権の存在はすでに明らかにされている。また、土地明け渡しを執行するための債務名義(民事執行法22条1号)を得ている。
すなわち、本問紛争は当該確定判決を債務名義とし、強制執行をすれば、解決するのであって、新たに確定判決を得る必要はない。
したがって、Yの主張はすでに債務名義が存在し、それによって紛争の実効的解決を図ることができるため、新たに判決を下すのが紛争の実効的解決に有効適切とはいえず、訴えの利益は認められないとするものである。
3 設問2(2)について
第2訴訟におけるXの請求には第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので、第2訴訟の請求は、少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきである。その理由は以下の通りである。
そもそも、建物収去を求める部分について棄却となるためには、訴状第3の2における解除によって賃貸借契約が終了したという主張が認められないことが必要である。賃貸借契約の終了原因が解除の場合はそもそも建物買取請求権の行使ができず、建物を収去して、という主文になるからである。
もっとも、賃貸借契約の終了原因がどのようなものであったとしても、訴訟物たる土地明渡請求権が基準時たる第1訴訟の口頭弁論終結時(民事執行法35条2項)において発生していたことは変わらない。平成18年4月20日に解除の意思表示があった場合でも、権利の継続性から、第1訴訟の口頭弁論終結時にも土地明渡請求権が存在していることになるからである。したがって、訴訟物に生じている既判力(114条1項)では、当該主張を遮断できない。
(1) そこで、訴訟物には含まれないが、「建物を退去して」ということが主文に掲げられているため、「主文に包含するもの」に発生する既判力に準じる効力が「建物を退去して」の部分に発生し、当該主張が遮断されるとの論拠が考えられる。
訴訟物に既判力が生じるのは、紛争の蒸し返しを防止するためには訴訟物の有無についてのみ既判力を及ぼせば足りること、また、当事者の最終的な攻撃防御の対象たる訴訟物については、自由に攻撃防御方法を提出し、その存否を十分に争う場が用意されているため、手続保障がなされているといえるからである。そして、「建物を」「収去」するか「退去」するかは当事者にとっては重大な関心事であり、通常その行使が認められるかについては十分に争う場が認められているといえる。また、収去するか退去するかという執行態様の違いについて紛争が蒸し返されることを防ぐべきである。
したがって、「建物を退去して」の部分には既判力に準じる効力が発生し、Xの当該主張は遮断されると考える。
(2) 次に、既判力に準じる効力が認められないとしても、確定判決の理由中の判断に書かれている賃貸借契約の期間満了による終了という部分に何らかの効力が発生し、この賃貸借契約の終了原因について争えないという論拠が考えられる。
賃貸借契約の終了原因については、前訴において審理されているため、この部分に争点効が発生していると考えることもできる。
4 設問2(3)について
Xとしては、「建物を退去して」の部分に既判力に準じる効力は発生せず、この部分について再度争い、「建物を収去して」という執行方法が明示された債務名義たる確定判決を得る必要があるため、訴えの利益が認められること、再度「建物を退去して」の部分を争うことができるから、請求棄却とはならないこと、と反論することが考えられる。
(1) まず、「建物を退去して」の部分に既判力に準じる効力が発生しない理由について述べる。
「建物を退去して」という部分は、建物買取請求権の行使がなされたため、「建物を収去して」という申立て部分が縮減したものである。訴訟物でない「建物を退去して」の部分が主文に掲げられる理由は、土地と別個の不動産である建物を収去するためには、土地明渡という債務名義だけでは足りず、別個の債務名義を必要とするため、建物収去を裁判所が認めたとして主文に表示する点にある。そうすると、「建物を退去して」という部分は本来は判決理由中の判断にとどまるものを執行の便宜のために主文に掲げたにすぎないものといえる。
そして、建物退去及び収去は執行方法の違いであり、当事者から建物買取請求権行使の主張がない限り、訴訟において争われることはない。また、建物買取請求権自体は基準時後においても行使できるとされており、訴訟上常に問題とはならないといえる。そうすると、この部分に既判力に準じる効力を認めるだけの手続保障がなされているとは言えない。
したがって、既判力に準じる効力を認める許容性に欠けるため、当該効力は認められない。
(2) 次に、賃貸借契約の終了原因について争点効が生じない理由について述べる。
争点効とは、前訴の主要な争点として争われた点についての裁判所の判断に生じる効力である。本問では、前訴において賃貸借契約の終了原因について自白が成立している。YがXの主張する事実を援用したため、その前提たる賃貸借契約が期間満了で終了したということもYが主張したことになるからである。
そうすると、前訴においてはこの部分に関する審理が主要な争点となっていたとは言えない。
したがって、当該部分に争点効は発生していない。
(3)以上のことからすると、Xは賃貸借契約が解除によって終了したと主張することができ、請求は認容されることとなる。また、主文が「建物を収去して」に変更されるため、訴えの利益も認められる。
以上
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