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山田古形の小説

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山田古形が書いた小説の一覧です。楽しいヘンテコ話がたくさんあります。
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#青春

【小説】恋愛信号管理局の衰退と再興

『恋愛信号管理局 局長 蒲生璃名』  クローゼットの奥底にある収納ボックスの奥底に押し込まれた角型ポーチの更に奥底、奥底に奥底を重ねた深奥に、ひび割れたプラスチックのネームプレートが今も眠っている。  市販の材料と不器用な手先を組み合わせて作ったあのプレートは、私にとって希望に満ちた青春の象徴であり、不毛に満ちた迷走の遺物でもあった。  恋愛信号管理局は三年前の四月、当時高校一年生だった私と三人の友人によって発足し、翌年の三月に大して惜しまれることなく解散した。  巷間を飛び

【小説】あなたの声で牛を被る

「かなえ先輩、アメリカバイソンの鳴き真似してもらっていいですか」  イーゼルの向こうでユキちゃんが言った。  私は両手を体の前で重ねたポーズを保ちながら、ふうと息を吐いた。ユキちゃんの鳴き真似リクエストは今朝からすでに八回目だ。それもホルスタインとかテキサスロングホーンとか牛ばかり。いくら私が今、ジャージー牛を模した被り物を頭に被っているからって、何度もモォーやブォーと言わせないでほしい。 「お願いします」  ユキちゃんが重ねて言った。被り物越しの耳にもはっきりと、透明な雫み

イヤホントラップ

 窓際の席で眠る人影に気がついて、私は教室に踏み入れようとしていた足を空中で止めた。  中途半端なフラミンゴのような体勢のまま、窓のそばに置かれた机に突っ伏す人を眺める。首の辺りまでで切り揃えられた、さっぱりとした髪型に見覚えがあったけれど、確信を得るために私はゆっくりと教室の中へ入っていった。  頭の中でピンクパンサーのテーマ曲を流しながら、音を立てないようにそろそろと歩を進める。窓から差す午後の光を浴びながら、穏やかな顔つきで目を閉じている人の様子が、近づくにつれて明瞭に