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9000円をなくした話

ここ数年、僕をずっと悩ませていたのはお金への必要以上の執着だった。昔から持っている物の多さよりも、貯金箱の重さに''豊かさ''の基準のある子どもだったから、お金が減っていくことは自分の豊かさを失うことだと本能的に知っていたのだ。子どもの頃に身に付けたマインドセットは大人になってどんな本に出逢おうとも揺らぐことはなく、毎月2日に口座から引き落とされる十数万の数字を見てまた心を痛めるのである。

そんなんだから、資産でいうと同世代の凄いやつを除くとそこそこに上の方にいる''独身貴族''である。決して稼ぎが良いわけではない、使わない、いゃ使えないのだ。物欲がない。車も興味が無ければ、新しいパソコンにも興味が無い。お金を失うことの怖さをきっとそうした''物欲の無さ''でごまかしている。いゃお金を失うことの怖さが色んなものへの興味を失わせてしまった生き方なんだろう。

ただ不思議なことがある。最近パタリとお金への執着が無くなったのだ。感覚で言うとスーッと消えたというのが近い。今は月に100万以上稼ぐ凄いやつの話を聞いても嫉妬みたいな感情は生まれないし、昨年とにかく資産を増やしたくて投資に詳しい友達を温泉に誘い出しては躍起になって勉強していたのに今はやめてしまった。今年の頭に立てた目標は自分の価値をマネタイズすることだったけれど、今は興味が無い。

理由はなんとなくわかっている。今年、環境を変えた僕は一歩間違えると大好きな仕事を辞めてしまうかもと思うぐらいにギリギリのところで保っていたのである。忙しさは心を亡くすと書くけれど、多分、心を亡くしかけていた時期がある。そんな時になんとか自分を保つことができたのは、お金をかけて得られる真新しさがあまりに自分を豊かにすることに気づいたからである。忙しく働いていた僕が1日に確保できるやりたいことをできる時間はせいぜい1〜2時間。その時間に生まれて初めて1人で焼肉や寿司を食べに行った。お金はかかる、でも心が嬉しいのである。閉店前にアウトレットのセレクトショップに駆け込み服を選ぶ。1万円以上のパンツなんて選んだこともなかった、でも嬉しいのである。サウナだって、嬉しいのである。

僕は30にしてようやくお金の上手な使い方を覚えたのである。残しておくことでステータスとして自分を守っていた豊かさが、お金を使うことで得られる豊かさへと書き換えられたのだろう。散財をするようになったわけではない、根はケチだから倹約家の根っこは変わっちゃいない。でもお金を使うことにびびっていた僕が、食べたい時に食べたい物を、欲しい時に欲しい物を気にせず手に取れるようになったのは、心が喜ぶ豊かさを知ったからであろう。

あぁそうだ9000円をなくした話をするんだった。この間いつものように松屋で食事をしていた時に750円の回鍋肉定食(ホイコーローテイショクって読むよ)の食券を買って250円の小銭だけを取って9000円を置いてきたのである。そう1万円を入れたのにである。お金に執着を無くした人間はお札すら興味を無くすようだ。昔から貯金箱を重くするためにお札を崩すような子どもだったのだからわけもない。9000円を置いてきたのに気付いたのは翌日の昼、これはもう執着の有無ではなく、ただだらしないだけである。警察に被害届を出し、一緒に防犯カメラを確認する。そこに映るのは250円だけ手に取り嬉しそうに店内に入る間抜けな僕と、しっかり9000円を手にしたくたびれた中年男性の姿である。もう何度も確認されるけど、間違いなくその間抜けな250円の方が僕だから何度も聞かないで欲しい。

僕の9000円のために警察の人も店員さんも動いてくれたのだ。たとえそれが仕事だとしても嬉しかった。僕も困った人を助けたいから来世山崎賢人がダメなら警察官になりたい。そんな話をしたら先輩がお昼をご馳走してくれた。1000円回収。その後憂さ晴らしに行ったスタバで1日に1枚しか出ないトールサイズ無料のレシートが出たのだ。700円回収。学校に戻ると後輩がpaypayがマイナポイントで20000円くれますよと教えてくれた。20000円回収。そしてポイント運用していたら株価がハネた。1500円回収。

その日、世界が僕を励ましてくれているようだった。

「人生はプラスマイナスだよ」なんてよく聞く話だ。そのロジックはわからないけれど、世の中気付いていないだけで、意外とプラスが転がっているという話だ。僕は今回9000円をなくしたことで、必死にそれを埋め合わせようと''プラス''となるものを探したのだ。それはお金だけではなく、何か良い事はないかと必死で探したのである。すると、色んな人が自分のために動いてくれることに気付いたのである。普段はどうしてもマイナスばかりに引っ張られやすいのは何かそういう脳のバグだったりするのだろうか。「ついてない」なんて溢す時もきっとプラスとマイナスの総量は同じなんだけど、いつもは気にもしない小さなことをマイナスとして拾ってしまうから「ついてない」のだろう。

失ってみて、弱ってみて、傷ついてみてはじめて、あることの、優しさの、温かさの理由を知るのだろう。

9000円をなくしたけれど、9000円をなくすこともまた僕を豊かにしてくれたのだと思うと良い買い物だった。

でももしあのおじさんが申し訳ないと思って返してくれたら、その9000円は松屋に落とすことにするよ。












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