ブラック企業体験記~世間を騒がせた「あの」企業に私は内定してしまった~

※この記事は何か月か前に書いたものです。作成したはいいものの、本当に公開すべきかためらいましたが、この度公開に踏み切りました。

 皆さんこんにちは。

 過去に経験したブラック企業での経験を後世に残したいと思い立ち、今回noteに書き綴ることにしました。
 面白いと思うようなオチはありませんので、それでも興味のある方だけ見ていただければ幸いです。

 また、ここに記した内容は全て事実ですが、具体的な企業名は明かしません。おそらくカンのいい人やこの手の話に詳しい人なら「あの企業のことか!」とわかるかもしれませんが、自分の口からは企業名だけは出さないと決めていますのでご了承ください。

 さっそくいきましょう。


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1.プロローグ

 今から15年ほど前。大学も卒業に近づいていた私は、将来に希望を持つでもなく、ダラダラと就職活動をしていた。そんななか出会ったのがその会社だ。仮に「X社」としておこう。
 X社は、全国的に有名なチェーン店だ。そして、その当時より現在の方が知名度は高くなっていると思う。おそらくだが日本人ならほとんどの方はこの会社名を聞いたことがあるのではないだろうか。SNSでも、X社の商品をアップする人を時折見かける。(X社を利用する人を非難したりとか軽蔑するとか、そういう考えは一切ありません。念のため)また、時折「ブラック企業」として非難の対象になっている。

 話を戻す。幸か不幸か、私はX社に内定をもらえたのだ。他の企業にことごとく落ちていた私は、X社への入社を決意し就職活動を終えることとなった。


2.地獄の研修合宿

 しばらくした後、入社前に研修合宿が行われるという通知が来た。奇しくも合宿初日が大学の卒業式とかぶってしまった私は、途中から参加することになった。

 そしていよいよ運命の日(思い出したくもない忌まわしき日、というべきか)がやってきた。大学卒業の感慨深さも残るうちに、私は電車を乗り継ぎ、都会の喧騒から離れた研修会場に着いた。「さあ、社会人への第一歩だ。頑張ろう!」と、この時の私は思っていたのだ。

 全部で何人くらいいただろう・・・研修生だけで少なくとも50人くらいはいたんじゃないだろうか。社員は10人いたかどうかといった感じだった。

 まず最初にX社の歴史や概要などをまとめたビデオを観せられた。創業者の生い立ちや、革新的な試みを次々打ち出し急成長していくX社の様子を観て、「すごいな」と感心したことを覚えている。


 お待たせしました。本題はここからです。


 次に研修者のチーム分けがなされた。1チームたしか6~7人くらいで、各チームに必ず女子は1、2名いたと記憶している(全体では男子の方が多かった)。
 そして、私たちにミッションが提示された。
1つは「社訓を時間内にすべて、一言一句間違えることなく暗唱すること」

 もう1つは「実際の店内での業務を想定し、決められた作業手順を正しい順番で正確に行い時間内に完了させること」

・・・まだミッションがあったかもしれないが、覚えているのはこの2つ。
 そして最後に、「合宿終了までに随時試験を実施し、チームの全員がミッションをクリアできなければチーム全員の連帯責任とみなし、失格とする」ことが告げられた。

 このあたりからだんだんと重苦しい雰囲気に変わっていく。

 実際の社訓を見たが、長い、とても長い。覚えるだけでも至難の業なのに、制限時間(忘れましたが30秒とかだったと思います)内に正確に言えだなんて?
 そして作業の方も、難しいことはないものの覚える動作が多いうえやはり制限時間が短く、完璧にこなすのは至難の業。「こんなの無理だろう・・・」口には出さずとも、皆同じ気持ちだというのが伝わってくる。

 それでも各々、この難題をクリアしようと必死に練習を繰り返した。そして、ひととおり練習をした後、試験官に受験を申し出るのだった。・・・しかし、なかなか合格者が出ない。社訓を完璧に覚えても時間内に言い切れない。かなりの早口でようやく時間内に言えるかどうか。無理ゲーに近かった。

 
そして、皆を震撼とさせる事件が起きた。ある人が社訓の暗唱に挑戦し失敗した後、試験官に

「お前はこんなこともできないのか!やる気ないなら帰れ!!」

 と大声で怒鳴られたのだ。その後も、挑戦に失敗し罵声を浴びせられる人が続出した。次第に怒号はエスカレートしていき、皆、次は自分が怒鳴られる番かと怯えていた。私も例外にはならず、挑戦に失敗しキツイ言葉を浴びせられた。そして女子を中心に、泣き出してしまう人が後を絶たなかった。まるで恐怖で研修生を支配しているかのような地獄へと一変したのだった。

 「こんなのあんまりだ・・・おかしいよ」
 私はそう思いました。いや、皆そう思っていただろう。

 そうしているうちに1日目の研修が終わった。夜、皆寝室で必死にミッションの練習をしたり、ビデオの感想文を書いたりしている。しかしその合間に、「こんなやり方はおかしい」「本当にこの会社に入っていいのか」などと話していた。「帰れ!」と怒鳴られたことで「もう本当に帰ろうかな」と言う人もいた(実際に内定を辞退し1日目の夜に帰った人もいると後に聞いた)。自分の心も、相当に怖気づいてしまっていた。その夜はよく眠れなかった。

 2日目。とにかくミッションを達成するために皆飽きるほど練習した。すると、依然怒号を浴びる人がいる一方、次第に合格者が増え始めたのだった。なかなか合格できない人はますます心が折れそうになっていたが、各々が懸命に頑張り、合格に辿り着いていく。

  やがてミッションを全て合格し終えた人がまだできていない人を励まし、サポートするという構図に変わっていった。そうしていくうちに私もなんとか全てのミッションに合格し、「卒業」できない人はわずかとなった。それを最後にはチームの垣根を越えて皆で応援していた。

 しかしその過程で皆、一様に違和感に気づいていく。1日目は試験官が「厳格に」審査していたが、2日目には「明らかに甘い」判定になっていたのだ。多少社訓を言い間違えていても、少し作業で手が滑っても大目に見る、といった感じだ。明らかに「なんとか合格させてやる」といった雰囲気に変わっていた。また、怒声ばかり挙げていた試験官も合格した人を笑顔で称えていた。まるで前日とは別人かのようだった。それが私にはかえって不気味に思えたのだ。

 そうしてついに最後の1人がミッションを全て終えた。社員が皆、笑顔で拍手を送っていた。安堵のあまり涙を流す研修生もいた。しかし、冷めたリアクションをとる人も少なくなかった。
「出来レースだ」
「感動的なシーンをことさらに演出しようとしている」
といった具合だ。会社への不信感を募らせていく人も確かにいた。

 ようやくミッションは終わったものの、私の心をへし折るような出来事が起きた。

 私は、チームの構成員をまとめる「リーダー」に選出された。
 リーダーはチーム内で交代で行う役で、その都度皆をまとめなければいけなかった。しかし私は緊張のあまり皆をなかなかきちんと整列させることができないなど、リーダーとしてうまく立ち回ることができなかった。

 するとこの様子を見たチームメイトのある男子から、

「おい!何しとんじゃボケ!!」

 と怒鳴られたのである。この乱暴な言葉づかい、彼の鬼のような形相は、いまだに脳裏に焼き付き忘れることができない。
 実はこの男性、ただの研修生ではなかった。X社ですでに数年のアルバイト歴がある準社員のような人だった。年齢的には同世代ということで、研修生と同じ立場での研修参加を申し出ていたのだった。しかし実質的には、半分研修生を監視する立場の人間といった様相を呈していた。その男性に「リーダー失格」の烙印を押され、大勢の前で罵声を浴びせられたのだ。ミッションが終わって安堵していたのもつかの間、私の弱い心は打ちのめされたのだった。
 直後、寝不足と心労がピークになったのか私は吐き気を催し、しばしその場で安静にすることになった。

 そうこうしているうちに研修は終わりを迎えた。しかし最後にも理不尽なことが起きる。なんと、全員が「私はこの研修会でされたことに関する訴えを起こさない」とする誓約書に署名するよう要求されたのだ。

 「こんなのおかしい」

 私はそう思いながらも逆らうことができず、誓約書にサインをしたのだった。なおこの件に関しては後年、同じように研修を受けた人に訴えられ裁判になったという報道がなされた。


3.不安・・・そして内定辞退

 研修が終わり、私たちはバスで東京に戻ることになった。
東京に着き、皆一様に研修が終わった安堵感がまずあったように思う。しかし、多くの人は複雑な胸中を抱えていた。
「恫喝、理不尽な誓約書・・・こんなことをしてくる会社はまともじゃないんじゃないか?」と。皆、社員の耳には入らないように「(本当に)入社するか?」と、聞いてまわっている人もいた。
 とは言え皆同世代で、過酷な研修を乗り越えた仲間。記念撮影をしたり、お互いのことやそれぞれの将来について語りながら解散した。


 その後、私の配属先が決まった。大学時代から住んでいた場所のお隣のY市であった。私はどこか気の進まない気持ちのまま引っ越しを完了させ、会社が用意したY市のアパートに住みついた。

 その後配属先の店舗に挨拶に行った。そこでX社の奇妙な掟を耳にすることになった。それは、「従業員同士のなれ合い一切禁止」・・・従業員同士で食事や飲みに行くことは、不要ななれあいであるとして、固く禁止するという。これを破り発覚した場合には、厳罰を受けるのだと。・・・こんな厳しい縛りがあるのか。私はますますX社に恐怖を感じた。また、残業が多くなる可能性があることも告げられた。


 それから入社式の日まで、私は悶々とした日々を過ごした。頭の中でずっと、あの研修会の時に浴びせられた数々の罵声、社員の鬼のような表情が繰り返し思い出されていた。「こんな恐ろしい会社に入りたくない・・・」日増しに、その思いは強まっていった。


 そして入社式の何日か前。私は人事の担当に電話をし、内定の辞退を申し出た(なおこの人事の方はX社の良心ともいうべき優しい方だった)。残念がったが、理解してくれた。

 なお、後に同期に聞いた話だが、およそ半数ほどの内定者が私と同じように入社式の前に内定を辞退したのだという。最初から大量に内定者を出し、あの地獄の研修に耐え、それでも入社する精鋭だけを採る方針だったのだ。辞退者が多く出るのは最初から想定済みだったのだろう。

 そして私は親やお世話になった親類にだけ、内定を辞退したことを告げた。入社を目前にした私の突然の辞退に驚いていたし、なぜそうしたかを聞かれたが、私ははっきりとは答えなかった。話したくもなかった。

 あの忌々しい会社から逃げることができたという開放感、入社した仲間に対する申し訳なさ、これからどうすればいいのだろうかという不安感・・・さまざまな感情がうずまき、その日私は床に伏したまま起き上がることができなかった。


 あれから15年ほど経った。

 X社は、先に記した「訴えをしないよう不当に強制した」件やパワハラなど、時折ニュースに登場してきた。「ブラック企業の代表格」などと言われたこともあった。

 そして先日・・・パワハラを苦に社員が自殺に追い込まれるという痛ましい事件が起きてしまった。
 私は身震いした。やはり、現在もこの会社の体質は変わっていないのだ。もしX社で働いていたら、私も死に追い込まれていたのかもしれない・・・と思った。


4.終わりに

 以上が私の体験した、ブラック企業での経験です。私は入社する前に辞めてしまったので、X社に入社された方は、もっと凄惨な経験をされたかもしれません。

 繰り返しになりますが、ここに書いた内容は全て事実です。しかしX社がどこであるか、自分の口からは言いません。


 ブラック企業がなくなり、誰もが働きやすい世の中になることを願ってやみません。


-終-

 

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