ナメクジ

 身体を洗っている途中で気がついた。
 浴室の床の上に何か、いる。
 毛虫のようにも、黒い毛糸のようにも見えた。
 眼鏡をかけていないのでよくわからない。身につけているのは防水機能付きのAppleWatchだけだ。
 屈みこんで顔を近づけた。おや、ナメクジだ。目玉をのばし、あたりを見回している。お湯でも石鹸水でも致命になりそうだ。放っておくにもいかず、髭剃りの柄ですくいあげた。
 窓から外にだそうとして、うちの浴室は虫が入ってこないように外から網をかけていることを思い出した。
 網戸がつかえない窓なのだ。窓全体に網がかかっている。
 さすがにその網に放置したら乾燥して死んでしまうだろうな。
 排水口にもゴミ取りの網がついている。そもそもお湯とともに流したらまずいだろう。
 どこからどのように入ってきたのか、わからないが、外にだす方法が見当らない。
 お湯を滴らせながら全裸で玄関から外に出るわけにもいかず。
 AppleWatchで助けを求めた。
「——風呂場に来てくれ」
「すぐ、行く」

「——何?」
 髭剃りのナメクジをさしだした。
「外に逃がしてもらえる?」
 目を細めて髭剃りを見つめていきなり笑い出した。
「何か、と思った」
 ナメクジをわたして浴室のドアを閉めた。
 お湯をだす。
 ——ああ、そうか、とようやく気がついた。
 脳溢血でも起こして倒れた、と思われたのか。

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