見出し画像

【全4巻】『死にたがりの完全犯罪』あとがき

1巻 死にたがりの完全犯罪と部屋に降る七時前の雨(2022.02)
2巻 死にたがりの完全犯罪と祭りに舞う炎の雨(2022.09)
3巻 死にたがりの完全犯罪と月夜に散る光の雨(2023.04)
4巻 死にたがりの完全犯罪と朝陽に照る十一時前の雨(2023.12)

 新型感染症(新型コロナ)に翻弄された2020年を舞台にした、日常の謎と科学雑学、2人の関係性の物語でした。
 緊急事態宣言から始まる春、パンデミック下での帰省と祭りの夏、大学生として悩む秋、部屋の扉を開ける冬、と四季を描いてきたものです。
 それは「起承転結」でもあり、メインの主人公が変わる3巻、秋の物語は、「転」として他とは少し趣が違うと思います。
 そして……4巻ではそれまでの「世界」が覆ります。いわば、1~3巻までがすべて伏線です。

 ほぼリアルタイムで新型コロナ(covid-19)を扱うとあって、偏った思想にならないことを気に掛けました。そのためにも、中庸を保つ科学的視点は大事なものでした。
 また、あくまで新型コロナは2020年という日常の一部・背景として、その中をどう過ごしたかという部分に焦点を当てようと決めていました。
 新型コロナによって滅茶苦茶にされた青春とか、崩壊する医療現場とか、感染症に負けるな、みたいに新型コロナを物語のメインに据えるのではなく、確かに影響は受けたけれど、変わった部分だけではなく、変わらなかった部分もあった。大袈裟に言えば、人生の通過点に、そういう時期もあったねという感じです。
 後年、誰かが振り返った時に、ドラマチックであったと同時に、結局はいつもの日常があったと、懐かしく感じてもらえたらと思います。大袈裟な物語ではなく、歴史の1ページとして。

 そうでありながら、作品中では「新型感染症」という表記に留めたのは、あくまでフィクションであり、エンタメ作品であったからです。現実と同じように感染症禍にあるけれど、物語世界のお話でもある。そして、今後またどんな感染症がパンデミックを起こすか分からない中で、新型コロナの物語として括ってしまうのではなく、日常が危ぶまれたとしても、結局は生きていける「人」の物語として、読んでもらいたいという願いでした。

 雨が降るようなじめじめとした、陰鬱な部屋に閉じこもっているしかなかったとしても。自分だけの世界に閉じこもって、外部を遮断して、小さな世界に引きこもっていたとしても。
 いずれ雨は上がる。いずれ部屋を出て行く時が来る……。
 全4巻を通じて、雨に降られていた部屋が、どう晴れ渡っていくのか、見届けていただきたいと思います。

 そして「家族」とは何か、ふと考えてみるきっかけとなれば幸いです。
 だからこそ、完結巻の帯にこう記されているのです。
『――家族になってくれますか、先輩?』

 ……とまあ、メインテーマは「家族」ではありましたが、もちろんそれだけではありませんでした。
 量子論を始めとした科学の考え方が、困っていることや悩んでいることを捉え直すきっかけにもなる。科学というのは、何も技術に限ったものではなく、科学的思考には大きな可能性がある。
 理科なんて難しい・苦手と離れてしまう前に、理科は機械的で無感情なものではなく、案外ロマンチックでエモーショナルなものなのだと、気付くきっかけになれたらと思います。

 なので、理科入門書・物理案内書、の立場になることが目標です。
 この作品を読んで、理系に進みました、物理に進みました、そんな方が現れる日が来ることを信じています。
 ちょっと、参考文献にトライしてみました、というのも大歓迎です。
 なにせ、作者は高校文系で、古典物理学はほぼ未履修、チンプンカンプンです。行列など解き方も分かりません。それでも、量子論、宇宙論、脳科学、認知科学……などなど、興味の赴くままに読み漁り、独自に解釈してきました。
 作品にも科学考証が付いていないので、誤りもあったかもしれません。とはいえ、古典力学のように明確な答えがある分野とも言い難いので、物語としての空想要素、フィクションとしてお楽しみいただければ幸いです。

 この作品における本当のミステリーは「宇宙の謎」「世界の謎」「人間の謎」だったのだと思います。まだ誰も解き明かしていないこのミステリーを解き明かす「名探偵/科学者」が現れる日が楽しみです。

 かくして、陽介と月也の物語は幕を下ろしました。語ることはもう、ほとんど残っていないと言っていいでしょう。
 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
 また、新しい物語/世界でお会いできることを願っています。

【謝辞】
 世禕さま、りんぱ様、担当さま、コミック担当さま、作品に関わってくださったすべての方たちへ。
 書店さまあってこその書籍ですが、完全に無名だった新人のデビュー作を「必殺・国立競技場」という技まで放って応援してくださった未来屋書店和歌山店さま、熱い思いのこもったPOPを毎回作ってくださった紀伊國屋書店梅田本店さまは、特に思い出深い書店さまです。
 縁をつないでくださった皆様に恩を返せるよう、二作目の壁に挑戦していきたいと思います。
 コロナ禍と重なる約2年を共に過ごしてくださり、ありがとうございました。