ラッキーチャンス
こんばんは。代表の菊地です。今月初日に銭湯〈菊の湯〉を継承して、それと同時に休業を伴う改装工事が始まって、気がつけば1週間が経っていました。僕にとっても、湯屋チーフひかるんにとっても、そしてもちろん連動してこの状況に巻き込まれることになる喫茶チーフ愛子くん&のぞみんにとっても、押し寄せるタスクに追われ、気がつけばきょうが終わっている、という日々でした。これがきっとあと1週間続いて、気がつけばリニューアルオープン当日を迎えていることになるのでしょう。来週 10.15[木]14:00 に、栞日が営む〈菊の湯〉がオープンします。
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このところ、有難いことに、メディアからの取材を受ける機会も続いています。そして、そのインタビューの中で、よくこんな質問をされます。「代々続いた銭湯を継ぐことに対してプレッシャーはないのですか」。(僕のことを多少なりともご存知の方は、きっと想像がつくと思うのですが)僕は「ありません」と即答します。実際、プレッシャーはありません。それは、僕という人間が生来プレッシャーを感じづらい体質だから、ということも、大いに関係していると思うのですが、今回の場合は、そればかりではありません。「もともと閉じるはずだった事業ですから、菊地さんが背負うものは何もありません。どうぞ思い切りやってください」。事業継承が両者の間で決まったときから一貫して、前オーナーの宮坂さんが、僕にこう云ってくださっている以上、僕は「御意」と応えて「思い切りやるだけ」なのです。
今回の事業継承は(敢えて平易な言葉を選びますが)、「ものすごくラッキーなチャンス」なのだ、という確信を、僕は日に日に深めています。おじいちゃん・おばあちゃんが始め、お父さん・お母さんが繋ぎ、ご自身たちも引き継いで、3世代を跨いだ大切な家業を、子供でも兄弟でも親族でもない、ましてや、この土地の生まれ育ちでもない、余所者の若者(で、ここまで云ったらお約束として付け加えておくと、「馬鹿者」の僕)に、引き継ぐ、という判断は、客観的に見ても、この現代日本においては、そして、とりわけ、地方社会においては、まだまだ相当に稀有な現象であるはずです。それが、自分の身に起きている。これを「ものすごくラッキー」と云わずして何と云ったらよいのでしょう。宮坂さんご夫妻の、柔和でチャーミングなお人柄(であり、思考回路と価値判断)に、僕はただただ敬服するばかりなのです。
そして、これはやはり「ものすごく大きなチャンス」でもあります。なぜなら「この事業継承は正解だった/成功した」という対外的な評価を獲得することができたら、第2、第3の〈菊の湯〉をこの地域やほかの地方社会の中に、生み出すことに繋がる可能性をも秘めているからです。何をもって「正解/成功」と呼ぶかのは人それぞれ、という当然の前提はあるにせよ、いわゆるメディアおよび世間が「ある事象を『正解/成功』と捉えて人に伝える/広げる」という現象は、現実社会に起こることです。そして、その現象の威力/効力は、善くも悪くも決して侮ることができません。僕は銭湯の事業継承者として、今回の〈菊の湯〉継承が、この時代において「ひとつの正解/成功」と呼べる事例だった、という世間的評価を獲得する責務がある、と感じています。それは、そのことが、銭湯という業態/業界全体、あるいは、もっと大きなことを云って仕舞えば、「この時代のニーズにマッチすることが難しくなって社会の表舞台から退場することを余儀なくされているのだけれど、実はその事業体や『場』にしか、担えない社会的な役割がある(生み出せない暮らしの風景がある)業態/業界」を、現代という時代に踏み留まらせ、新しい解釈でアップデートさせ、改めて社会に活かしていく、そのきっかけをつくることとほぼ同義である、と信じたいからです。そんな願ってもないターンが自分の手元に巡って来た。これを「千載一遇のチャンス」と捉えずに何と捉えたらよいのでしょう。
だから僕は、先のインタビューの質問(プレッシャーはないのですか?)に「ありません」と即答した上で、必ずこう添えます。「プレッシャーはありませんが、これまでに感じたことがない、強い責任感を感じています」と。時代の強風に煽られ、激流に弾かれ、轟音に掻き消され、昨今では「不要不急」呼ばわりされて、なかったことにされようとしている社会要素たち。けれど、実はそれらが本来は、一人ひとりの心豊かな暮らしと親密で持続可能な地域社会を営む上で、本当に必要で大切なピースたちだったりするのではないでしょうか。今回の銭湯継承プロジェクト、僕自身は、そんなかけがえのない愛おしいピースひとつひとつを、次の世代、さらにその先の世代につないでいくための「ものすごくラッキーなビッグチャンス」だと捉えていて、その世代継承に好循環を巻き起こすスイッチを「ON」にする責任を全力でまっとうしたい、と考えています。やるべきことは明確なので、あとは、そう、やるだけです。
※ 写真は、先月の最終営業を終えたあとの宮坂夫妻と、漫画家の顔も持つ奥さまの宏美さんが描いてくださった掲示物。