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あの物語の、つづきが読みたい。

この春、発行元の破産からやむなく休刊した雑誌『nice things.』が復刊に向けて動き出した。クラウドファンディング・プラットフォーム〈MOTION GALLERY〉にプロジェクトを立ち上げ、先週末から資金集めに乗り出している。

休刊の知らせは、まさに青天の霹靂で、楽しみに納品を待っていた次号(3.23[月]発売予定だった2020年5月号)は、僕の手元にも、その先に手渡したかった読者の手元にも、届くことはなかった。そして、世界は新型コロナウイルスに席巻されていく。それでも、谷合編集長はじめ、『nice things.』のメンバーは、考え続けることをやめなかった。

この時代に「雑誌」ができることはなんだろう

この問いに、真剣に向き合い続けた。そのことが、今回のクラウドファンディングのプロジェクトページを読めば、ひしひしと伝わってくる。そもそも『nice things.』という雑誌そのものが、その制作プロセスを含め、毎号、前掲の問いの海に自らを投じるチャレンジだったと想像する。道半ばでの休刊を嘆き悲しみ、この物語の続きをまたいつか読みたいと望んだ、読者や関係者も多かったのでないだろうか。

独立系出版物のセレクトブックストアである栞日では、一般の新刊書店に並ぶような定期刊行される雑誌(週刊誌/月刊誌/季刊誌)は、基本的には入荷しない。それは、何もそれらの雑誌を毛嫌いしてるわけではなく(僕個人としてはむしろ好き)、個人や少人数の編集チームが制作したマガジンと比較したとき、どうしても「熱量」や「純度」の差が露わになってしまい、同じ売場に置くことに耐え切れないからだ。インディペンデントマガジンが、限りなく制作者本人と読者のためだけの誌面づくりを実現できる「自由度」と「創造性」を擁する性格であることに対して、大量に流通させて収益を上げることが至上命題(つまり商業ベース)の雑誌たちは、否応なく広告主やクライアントに寄せた、読み手にとっても当たり障りない内容に落ち着いてしまいがちだ。どちらがエッジの効いた表現として読み手に届き、心を揺さぶるメディアなのかは、問うまでもない。ところが、一般流通に乗っていながら、この一線を軽々と超えてくる雑誌と稀に出くわすことがある。『nice things.』は、それだった。その誌面が目指す姿を、自ら次のように表明している。

情報ではなく情緒が動くような媒体

この精神性は、間違いなくインディペンデントマガジンのそれだ。直感した僕は、栞日で『nice things.』を扱うことに決めた。2018年の初夏には、『nice things.』編集部が選ぶ良質な日用品を栞日店頭で展示販売する企画「手の記す仕事展」も開催した。同展オープニングトークでは、谷合編集長を栞日に招き、話を伺い、その考えにも触れている。谷合編集長が、『nice things.』が、綴って、伝えようとしていたのは、いつも一貫して「人」だった。あるいは、「そのひとにしか生きられない、そのひと一度限りの人生」だった。これ程までに誰かを想い、誰かに寄り添う雑誌が、いまだかつてあっただろうか。読み手の情緒も、動くわけだ。〈MOTION GALLERY〉のプロジェクトページ冒頭には、こう記されている。

「誰かを思うこと」が大切なこれからの時代に『nice things.』を復刊させます。

まさに、これからの時代に必要な雑誌だと、僕も信じたい。以下、今回のクラウドファンディングに寄せた、応援メッセージ。

松本にはPARCOがあって、その地下階には5年前の夏までLIBROがあった。信州に暮らして次の冬で丸10年が経つけれど、越してきた当時はまだ駅前の丸善もなかったから、新刊を眺めたいときの行き先はPARCOのLIBROと決まっていた。もちろん街には小さなTSUTAYAも自営の本屋もあったけれど、まとまった冊数と、それ以上に、書店員の意志を感じる棚の編集に惹かれていた。いま栞日で扱っているような独立系出版物もスッと差し込んでくる、小気味よい棚だった。だから、閉店の知らせを耳にしたときは淋しくて。最終日にも妻とふたりで訪れた。そのとき表紙に目が留まって、パラパラめくり、まっすぐレジに持っていった雑誌が『nice things.』だった。それが第6号の「The Local」特集(2015年9月号)。何かが違う。直感は告げた。急いでamazonでバックナンバーを全て取り寄せ、その先、毎月購入した。こんなこと、初めてだ。2017年1月号で自宅が掲載されたことを機に、店でも販売を始めた頃、初見で感じた「違い」は、記事の中心に必ず取材先の「ひとり」が居ることで生まれるのだ、と気がついた。その『nice things.』が休刊を経て、復刊を目指す。当然、僕の期待は高まる。次は「誰の」物語を届けてくれるのだろう。僕は、この雑誌が切り拓く新天地を目撃したい。

栞日 / 菊地徹

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