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あしたの花束

「もう終わったとか、一向に良くならないとか、そろそろできるかな、ではなく、ぐるぐるしながらも、その中で展示をやることを考えたいな、と思ってます」

4月下旬に写真展「PLAY AT HOME」を終えて以来、実に4ヶ月間近く休止していた栞日2F企画展示室が、きょう再始動した。そのブランドが生まれた2018年の夏から、3年連続3回目の新作コレクション展となる、扇子屋〈vent de moe / ヴァン・ドゥ・モエ〉の作品展「明日のブーケ」の幕開けだ。

当初、「薫風の扇子屋」というタイトルで、今年の「工芸の五月」関連企画展として、4月下旬から大型連休を挟み「クラフトフェアまつもと」が開催される5月末までの日程で行う予定だったこの夏の展覧会は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期判断を余儀なくされた。そして、6月以降11月末まで、隙間なく決まっていた2F企画展示室の企画展は、いずれも県外からアーティストを招聘する内容だったため、先方との相談を重ねながら、泣く泣くすべてキャンセル(もちろん、作品と指示書を郵送していただき、僕が設営を代行する、という選択肢も考えられたが、それでは僕が「栞日での展示を機に作家自身に松本を訪れてほしい」と願っていることは実現できないし、そもそも来店者数が例年の3,4割にまで落ち込み、声を大にして「ぜひいらしてください!」とも云えない - すなわち、本来その作品が鑑賞されるはずだった機会さえ約束できない - この状況下で展示を敢行することが、作家本人と作品そのものにとって幸せなことなのか、という逡巡が付き纏ったため、結局あきらめざるを得なかった。ただ、僕の中では「中止」ではなく「無期限延期」。当然ながらどれもぜひ開催したかった作品展だったから、事態が終息したら必ずや改めて開催したい)。

いったんまっさらになったスケジュール表を眺めながら、〈vent de moe〉を主宰する小林萌さんとだけは、延期先の日程について、コロナ禍の動向を注視しながら、連絡を取り続けてきた。同じ街に暮らし、搬入などに伴う移動リスクも最小限に留めることができる萌さんとなら、この状況下でも何らかの形で展示を実現できるかもしれない、とその可能性を探っていたのだ。そのやりとりの中で、それでも悩んで迷いがちな僕に、萌さんが送ってくれたメッセージが、冒頭の言葉だ。

ぐるぐるしながらも、その中で展示をやることを考えたい

そうだ。このコロナ禍に陥って以降、暗澹たる日々の中で、それでも僕にこの日々を生き抜く決意を新たにさせてくれた幾つかの光たちはどれも「ぐるぐるしながらも、その中で表現すること」を諦めずに考え抜き、実践した表現者たちの作品だったはずだ(あがたの森公園で観た串田和美さんのひとり芝居『月夜のファウスト』、野外人形劇団〈のらぼう〉の『あの日から彼は私のことをしげると呼ぶようになった』、四賀でフロントガラス越しに観劇したダンスユニット〈Atachitachi〉と音楽家〈3日満月〉のドライブイン・ダンスシアター『あわいの詩(うた)』、上土劇場で目撃した劇団〈TCアルプ〉の新作『じゃり』)。表現する場を抱えていながら、その役割を放棄してはならない。やれることは、あるはずだ。萌さんの言葉が、背中を押した。

出会って以来、このアーティストの華奢な身体に宿る毅然とした信念にハッとさせられ惚れ直すのは、何度目だろう。いま栞日の階段を上がった先にある小部屋には「枯れない花束」が目映いばかりに咲き誇っている(まつもと市民芸術館の広報誌『幕があがる。』で書いている僕の連載「街を耕す」に添えてくれた、これまでの挿絵の原画も展示中)。「ぜひご覧にいらしてください!」とは(心の底から云いたいけれど)、いまは云えないし、云わない。ただ、いま、栞日という「書店あるいは喫茶店」の空間で過ごすいっときの時間がどうしようもなく必要で、この場所を訪ねてくださった一人ひとりにとって、この小部屋に咲く「明日のブーケ」が、あしたも顔をあげて進むための一筋の希望になったならば、それほど嬉しいことはない。

◎ new fans & small pieces exhibition 2020「明日のブーケ」
▼ 会期|2020.8.13[木]- 9.1[火]
▼ 会場|栞日2F企画展示室
3度目の夏を迎える扇子ブランド〈vent de moe〉です。この度も私の拠点でもある松本にて、新作の展示販売会を致します。

〈vent de moe〉の扇子は、京都の職人さんと共に手作業で仕立てております。自然な艶を放つ扇骨の美しさや、清らかで潔い佇まいの扇面に、日々の小さな光やいとおしさを、ドローイングや手刺繍で加えていきます。
扇子は古来より様々な物語を纏い、美術品と日用品の境を曖昧にしながらも、我々の生活に存在してきました。現代に発表する〈vent de moe〉の扇子は、「物語を閉じ込められる日用品」と自ら解釈し、開いて閉じて、今日も昨日とは異なる表現で、物語をのせられる。使い手も作り手も、それぞれの日に開き、表現(芸術や工芸)と日常の境をたゆたう、その存在に魅かれます。

〈vent de moe〉の扇子のモットーは「私たちの枯れない一輪の花」です

開いて閉じて、呼吸する草花のように、今日も逞しく勇敢に歩めるような、そんな御守りのような一品を提案できましたら、幸いです。短い夏を共に愉しめる扇子を揃えて、お待ちしております。

vent de moe / 小林萌

いまの栞日のロゴマークは、2016年夏、現店舗に移転したとき、詩人・デザイナーのウチダゴウさんが「さまざまな芸術文化に光をあてる」シンボルとして授けてくれた。これまでずっと、遠くの街や大都市で活躍するタレントを探して光をあてる(この街にも紹介する)サーチライトの役割を自らの仕事として課してきたけれど、どうも一方で足元や界隈を照らすスポットライトの役割が抜け落ちてしまっていたようだ(これってなんだか、この状況になってからずっと考えている「観光ってなんだろう」という問いとも似ている)。足元を照らす鍛錬を積む好機と捉え、きっと不定期になると思うけれど、企画展示室を徐々に稼働させていきたい。そして、この事態が終息したあとには、遠くと近くをバランスよく照らす眼も、抜かりなく養っていきたい。

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