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小屋の建つ

小屋 ⊂ 栞日

デザインユニット〈gift_〉のおふたり、後藤寿和さん・池田史子さんと初めて出会ったのは、2015年の夏。場所は、新潟の十日町でした。その日、僕は、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の会場のひとつ「奴奈川キャンパス」の〈GAKUSYOKU〉でおふたりが企画した連続トーク「地域 × カフェ × つくる」のゲストのひとりとして招かれ、テーマ「地域とつながる / 状況をつくる」を担当しました(その夜は、おふたりが営む宿〈山ノ家〉に宿泊)。

次いで、2018年。3年前の十日町での対話を振り返る「公開校正トーク」に招かれ、今度はおふたりの東京の拠点〈gift_lab GARAGE〉を清澄白河に訪ねました。

この2度の対話を束ねた1冊がダブルローカル。昨年3月末日に、雑誌『ソトコト』で知られる〈木楽舎〉から出版された同著(ちなみに印刷は松本〈藤原印刷〉)には、僕を含め、7人のゲストと〈gift_〉との対話が収録されています(なお、この本全体の「エピローグ」にあたる対話は、僕が主宰するブックフェス「ALPS BOOK CAMP」の2019年開催時に、そのステージプログラムのひとつとして実施)。

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そもそも6年前、まだ開業3年目に入ったばかりで20代の僕を、十日町に連れ出して、〈gift_〉と引き合わせてくれたのは、長野市のデザイナー、瀧内貫さんでした。瀧内さんは〈栞日〉の開業直後から、折にふれて訪ねてくださる常連さんで、開業後はじめて季節が一巡した頃、「ここで一緒に『まちの教室』を開催しないか」と提案してくださいました。「まちの教室」は、その当時、瀧内さんが長野県内の各所で展開していた、地域の課題を地域で学び合い、考えるプロジェクト。興味を抱いた僕は、2014年の夏(そして店舗移転後の2017年の夏にも)、〈栞日〉を会場に「まちの教室」を開催しています。その瀧内さんが、「きくりん、一緒に十日町に行こう」と誘ってくれたのでした。

2015年の十日町、2018年の清澄白河。この2回の対話の書籍化を推し、実際にディレクションしたのも瀧内さんでした。昨春、その本『ダブルローカル』が上梓されて以降は、それをどのように読み手に届けるかを考え、僕も本屋としてフェアの開催などを提案されていました。さらに今年に入ってからは、3年周期の対話の3回目を実現すべく(本来であれば、リアルに集って開催したいところ、それは許されない状況ゆえに)、YouTubeチャンネル「ダブルローカル」に「対話準備室」を設け、(僕もその初回に出演させていただきましたが)オンラインで対話の続きを始めています。

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そんな瀧内さんが、清澄白河に〈gift_〉のおふたりを訪ねるたびに、「これ、いいな」と注目していたものがありました。「小屋」です。正確に云えば〈gift_lab GARAGE〉の屋内に据え置かれた「小屋」。瀧内さんは、その「建物の中にある建物」に「秘密基地を手に入れたときの、ここでなんでもできそうな気がするワクワク感」を見出しました。実際〈gift_〉も普段からこの小屋を、打合せスペースや、ポップアップショップ、DJブース、パーティーのフードカウンターなどに活かしていて、後藤さん・池田さんと(あるいは、そこから、その場に居合わせたみんなで)深く対話するための企画「小屋バー」「小屋ローグ」も開催していました。

固定された使用目的はなく、その空間を見た「誰か」の発想で、思いがけず「何か」が起こる可能性に満ちた「小屋」。2年前に移転した自身の事務所のワンフロアを、仲間たちとシェアできる場にしたい、というイメージが膨らんでいた瀧内さんは、ついに後藤さん・池田さんに解き明かします。「あの小屋の、弟分がほしいです」。

そうして作られたのが、いま〈栞日〉に建っている「小屋」です。

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なぜ、瀧内さんの長野市の事務所に置かれるはずだった「弟小屋」が、それに先立ち〈栞日〉に建てられたのか。ここにも、瀧内さんの考えがあります。瀧内さんが「小屋」の設置を考えているフロアはビルの2階。その事務所を訪ねた親しい面々以外が、この「小屋」を見て「ワクワク」することは、残念ながら難しい環境です。そこで瀧内さんは「小屋」が立ち上がっていく過程や、建物の中に「小屋」がある状況を、より多くの「誰か」に目撃してもらって、「何か始まりそうな」「何でもできそうな」高揚感を、その「誰か」たちと共有したい、と考えました。結果、松本の駅前通りに面し、相応の空間があり、通勤・通学で日常的に人と車が往来し、〈gift_〉のおふたりとも繋がりのある故に書籍『ダブルローカル』の出版記念フェアも抱き合わせで開催できる、ここ〈栞日〉に白羽の矢が立った、という次第。

小屋 = DOUBLE LOCAL

先日の定休日と、その翌日、丸2日がかりで「弟小屋」は建てられました。木材は、松本の内田地区から、〈柳沢林業〉が主伐した赤松です(僕が瀧内さんに推薦して、瀧内さんが連絡を取ったところ、迅速かつ丁寧に製材までしてくださり、本当にありがとうございます)。木目の表情も多彩で、針葉樹の香りが広がる、愛らしい「小屋」に仕上がりました。主に瀧内さんからの声かけに応じて、作業を手伝ってくださったみなさん、ありがとうございました。

できあがった「小屋」の中に、喫茶の席をひとつ設けて、まずは僕が1日その席で過ごしてみました。最初の数時間こそ、そわそわして落ち着かなかったものの、仕事に没頭して数時間が経った頃には、独特の心地よさに包まれていました。ふと顔をあげて横を見やると、「小屋」前方の大きな開口部に縁取られ、見慣れた〈栞日〉が広がっています。その構図が新鮮で、僕は思い立って「小屋」の外へ。店の2階に上がろうと、階段を登り始めると、今度は見慣れた〈栞日〉のなかに「小屋」が佇んでいて、その屋根が見えます。

その瞬間、僕は思わず小さく「ぁ!」と声に出していました。そうか、だから〈gift_〉のふたりは、もともと恵比寿のアートプロジェクトに使う、云うなれば大道具として造作され、その催事の終了後には解体・廃棄されることが決まっていた「小屋」に対して「もったいない」と愛着が湧いて、当時の恵比寿にあった小さなオフィスに「連れて帰る」ことを決めたのだ、と合点がいったからです。

つまり、この「小屋」は「ダブルローカル」そのものなのです。

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「ダブルローカル」という言葉は、そもそも「二拠点居住」のことを指すわけではありません。書籍『ダブルローカル』には「複数の視点・なりわい・場をもつこと」と副題が添えられています。そして、この英訳が僕たちに、この「ダブルローカル」の概念を、よりクリアに理解させてくれます。

Having more than one perspective, life and home

自分というひとりの人間のなかに、己が信じる幾つかの(幾つもの)異なる「物差し」を、等価に併存させること。僕はいま「ダブルローカル」という言葉を、このように解釈しています。ここで「物差し」と表現したのは「価値観」であり「判断軸」であり、自分にとっての「基準値」ともいえます。そして、この「自分がいつでも立ち返ることができる基準」は、いわば「自分という一個人にとって、いつでも帰ることが許されている拠り所」であり、「内なる故郷」ともいえます。これがすなわち、その人にとっての「home」であり「ローカル」なのでしょう。自らの内側に、異なる、けれど等しく信頼できる「ローカル」を幾つか(幾つも)用意しておくことで、僕らは初めて、他者にも、この世界にも、寛容な態度でフラットに向き合うことができるし、自身のクリエイティビティも、限られた(自分で勝手に線を引いてしまった)枠の内側に閉じ込めることなく、どこまでも自由に解き放つことが叶います。

ただ、自分の内面で複数の「home」を等価に併存させながら、状況に応じてそれらの間を自在に往復することで視点を切り替え、ニュートラルな姿勢を保ち続けたり、パフォーマンスを最大化させたりすることは、云うは易く行うは難し業(いま偉そうに綴っている僕にしても、常に実践できているわけではありません)。そこで、僕らはリアルな世界に実際に、自分にとって「ホームタウン」とか「ホームグラウンド」と呼べるような、活動の拠点(となる地域や施設)を幾つか設け、その複数の「拠り所」をリアルに行き来することで、視点を切り替え、創造性を養います。これが「二拠点居住」の本質であり、〈gift_〉のおふたりは、この点に早い段階で気づき、十日町と清澄白河でそれを実践したパイオニアなのだと、僕は思います。

ところが、この「リアルな複数の拠点間の往復」には、当然ながら、相応の移動時間と費用を要する、という難点があり、現実的に往復できる頻度や回数には、どうしたって限度があります。

そこで、「小屋」の出番です。

どういうことか。つまり「小屋」は、ある屋内空間の中にもうひとつの屋内空間を設けることによって、ひとつの活動拠点の中にオルタナティブな活動拠点を生み出し、利用する人物がそこを出入りする度に、彼ないし彼女に視点の切り替えを促す、という機能を備えた、視点変換システムなのです。自らの「拠り所(home/ローカル)」の中にもうひとつの「拠り所(home/ローカル)」を構える、という、いわば入れ子構造の、特殊な「ダブルローカル」の状況をつくることで、僕らは日に何度でも、ふたつの「home/ローカル」を自由に往復することができるのです。

ここで肝心なことは、この「小屋」の出入りによる「視点の切り替え」には、リアルな移動という「身体性」が伴っている点である、と僕は考えます。小屋の中に居るときに、小屋の中から視る、大きな「home」が切り取られた風景と、小屋の外に出て、大きな「home」の風景の一部として視る、小さな「home」の全体像と。この両方の景色を、生身の自分の身体を動かして、文字どおり「立ち位置を変えて」、己の肉眼で眺めることにこそ、意義があります。なぜなら、この「身体性を伴う視点の切り替え」が、「二拠点居住」を実践するときに伴う「リアルな移動」がもたらす効能と一致するからです。こう考えると、「小屋」とは、内面で完結させることは難儀な「ダブルローカル(等価に併存させる価値観の往復)」の日常的な実践をサポートしてくれる、ミニマルな装置として捉えることができます。

このことに気づいたとき僕は、なるほど〈gift_〉のおふたりが、事務所の移転を重ねても、「小屋」だけは手放さず、常に手元に置いておくわけだ、と深く納得したわけです。

小屋 _

今回、〈栞日〉の屋内に「小屋」が建って、僕自身がその「小屋」の中で過ごし、その「小屋」の出入りを繰り返したことで、「ダブルローカル」を実践することの効果を、実感を伴って、再認識することができました。〈栞日〉に小屋を置くことを提案してくれた瀧内さん、実際に建ててくださった後藤さん・池田さん、新しい気づきを、ありがとうございます。

さて、その僕の気づきを共有したい気持ちが昂り、つい久々の長文となってしまいましたが、兎にも角にも来月 8.10[火]まで、瀧内さんの事務所に移動する手前の「小屋」が〈栞日〉に居ます(今回の「小屋」は「移動すること」が前提なので、パーツごとに分解すると、なんとハイエースに積み込める仕様に、後藤さんが設計しています)。せっかくなので、この1ヶ月間、〈gift_lab GARAGE〉で繰り返し観測されてきた、そしてこの先は瀧内さんの事務所で繰り返し観測されるであろう、「小屋があることで生まれた風景」を、〈栞日〉でもつくれたら、と企んでいます。

上述のとおり、「小屋」の中には喫茶の席をひとつ設けました。ぜひ実際にご利用いただき、僕が体感した「ダブルローカル」を、みなさんにも体験していただけたら嬉しいです。

そして、もし期間中に「この小屋でこんなこと試してみたい!」というアイデアが閃いたみなさんは、どうぞ気兼ねなくご提案ください。もちろん内容次第ですが、できる限り積極的に、そのアイデアの実現に向けて、僕も一緒に考えたい、と思っています。

ではでは。来月10日まで、小屋のある〈栞日〉を、どうぞお楽しみください。

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「小屋をつくる、小屋が動く」in 栞日
▼ 公開製作|2021.7.7[水]- 7.8[木]
▼ 公開展示|2021.7.9[金]- 8.10[火]

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