【戯曲】マッチング

   着信音がなる。
   女は電話を取る。

女 ……もしもし。あ、ごめんなさい、私、今、外で。あぁ、いいですよ、私、終わればすぐ戻りますし。いや履歴書見た感じ、採用できる感じじゃないんで。証明写真もないし、空欄だらけたし。とりあえずパパっと終わらせて、戻ったら写真差し替えます。ホームページに載ってる私のプロフィール写真でしたよね?いや入社時の写真なんで面影まったくないと思いますよ私も。ではでは。はーい。

   着信音がなる。
   男は電話を取る。
  
男 なに。いやもうつく。えー、まって、緊張してんだけど。だって年上とマッチしたことないから、どうしたらいいかわかんない。これまではみんな年下だったもん、年下しかライクしなかったし。メンヘラホイホイ言うな。あー、いい人だったらいいなー。送ってもらった自撮りは可愛かった。優しそうだった。うーん、とにかくがんばる。いつも通りでいいよね。うす。

   コーヒースタンドの入口前で、女が待っている。
   そこへ男が現われる。

男 こんにちは。
女 あ、こんにちは。はじめまして。
男 ごめんなさい、待たせちゃいましたか?
女 いえいえ、大丈夫ですよ。今来たとこなんで。入りましょうか。
男 あ、はい。

女 ホットでいいですか?
男 はい
女 あ、好きなの選んでください。全然。
男 じゃあ、限定のこれにしよかな。え、ブラックでいいんすか。かっこいいすね。
女 そうですかね?あ、領収書下さい。
男 え!俺払いますよ!
女 いやいや、払わせられないですよ
男 すげえ。俺初めてです。奢ってもらうの。ありがとうございます。
女 ……どういたしまして。

男 なんか、写真とイメージ違いますね。
女 ……え、あぁ、見てもらったんですね。プロフィールのやつですよね。ありがとうございます。結構昔の写真なんですよあれ。ごめんなさいね。
男 いやでも、今の、会った感じのほうが好きかもしれないっす。自分でもびっくりしてるっていうか。素敵ですね。
女 ……ありがとう、ございます。
男 俺、自分の写真きらいで。だからあんま載せないんすよ。
女 あぁ、それで。でも履歴書はちゃんと写真貼り付けて貰わないと困りますので、ね。
男 履歴書……
女 じゃあ早速始めましょうか。
男 え、何か、面接みたいすね。
女 面接じゃないですか。
男 あーそうか、そうですよね。そうでした。
女 そうでしょ。
男 じゃあ俺も。本当にお付き合いしたいか見定めなくちゃですね。
女 ……ですね。お互い求めるものが同じかどうか、見ているビジョンや価値観が合うかどうか。今日はよろしくお願いします。
男 アプリでどれくらいマッチしてるんすか
女 はい?
男 あ、えーと、こういった面接はよくされてるんですか?
女 あー、まぁ、そういう担当なので。
男 担当……
女 でもしょっちゅうしてるわけじゃないですよ。うちはたまにしか応募ないですし。
男 え、意外ですね!沢山言い寄られても不思議じゃないのに
女 面白い表現されますね
男 そうすかね。俺もそこそこ声かけてもらえるんすけど、なかなかいい出会いがなくて。
女 え、あ、そうなんですね。意外、ですね。
男 そうすか?
女 すみません、失礼でしたね。あの、差し支えなければ、どういったところからお声がかかるんですか?
男 いや大したやつじゃないんすよ。結局そういのって便利に使えるやつを探してるっていうか。きっと誰でもいいんです。
女 あぁ、わかる気がします。ブラックですよねきっと。
男 闇は深かったっすねー。ひどい目に会いました。休みの日にもずっと連絡きてたり、理不尽に怒られたり、機嫌取らなきゃいけなかったり。
女 あー典型的な。
男 ホントすよ。でも、期待されると応えたいって思うし、やっぱ付き合うって決めたからには大事にしたいじゃないですか。
女 そうですねぇ。
男 それで沢山失敗してきました。もう失敗したくないです。
女 なるほど。
男 そういう経験ってあります?
女 え、あ、うち、ですか。うちは、もちろんない、ですよ
男 ある顔してましたよ。
女 いや、うーん、そうですね。でも、やりがいがありますよ!
男 やりがい?
女 自分の限界を試せるっていうか。こういう環境だからこそ成長できますし。
男 あー、まぁそうかもしれいっすね。でも成長したって、相手はそんなのどうでもいいんすよ、きっと。
女 え。
男 限界を超えて成長し続けたら、その分、また求められるだけっすよ。俺気づいちゃったんす。自分が頑張って理解しようと努力しても、相手はそんなの知ったこっちゃないんすよね。
女 ……
男 わ!すみません!俺、勝手に好き勝手言って!
女 ……そうですね。自分を大切にしてもらえない場所に居続けたって駄目ですよね。
男 ……もしかして、まだ、続いてるんすか
女 はい、ずっと、抜け出せなくて。いや、私がもっと器用にやってたらよかったの知れないです。
男 そうやって自分が悪いみたいいうのよくないすよ。だって傷ついてるじゃないですか。傷つけられてるんでしょ。
女 ……
男 わ!すみません!また俺!
女 ……私、辞めます!
男 え
女 私、辞めることにします。なので、今日はもう、これで。
  ごめんなさいせっかく来ていただいたのに。
男 え、ちょっと、え?
女 あなたのおかげで目が覚めました。本当にありがとうございます。では。

   女、その場を離れようとする

男 え、ちょっと待って!俺、不合格って、ことっすか?
女 あなたは合格ですよ!でも、もっと別のところを探してください。あなたならきっと、もっといいところを見つけられる。頑張ってください!

   女、去る

男 俺は採用されたかったなぁ。

   ≪終≫

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