『いつ海』後の話#2 (艦これ二次創作小説)

 大みそかの佐世保は風もなく穏やかな冬晴れだった
家族と過ごし緩やかに年が明けるのを待つような日に僕は鎮守府で資料の整理をしていた
「あ……これは」
最後の二水戦旗艦、矢矧やはぎさんの資料の中にあった戦闘詳報
スリガオ海峡、レイテ湾での第一遊撃部隊第三部隊の戦いが記されている
「山城……」
表紙にはのこした人の名前、山城の名が確かに書かれていた
「ちゃんと、残していかなきゃ」
戦いの記憶、みんなの思い、そして残された記録
艦娘みんながまもってきた海の歴史は僕が残して伝えていく
たとえみんなが忘れていったとしても僕だけはずっと覚えている
僕が最後まで生き残れたのはこの役目を果たすためだったのかもしれない

 窓から見える鎮守府の門は閉まっている
誰もいないはずのその場所に一瞬山城の影が見えた気がした
山城とは退役する背中を見送ったあの日以来会っていない
言いたいことはたくさんあったけどうまく言えなかった
もう会うことはないかもしれないけれど僕は絶対に忘れない、君が戦ってきたことを
……ちょっと感傷に浸りすぎたかな
山城の影も気のせいだろう、少し疲れているのかもしれない
いったん休憩を取りにみかんの入った手提げ袋を持って廊下に出る
冬の鎮守府の廊下は半纏はんてんを羽織ってもなお寒いがそんなことはすぐに気にならなくなった
何故かここにいるはずのない、僕が会いたくてたまらない人がそこにいたから

「えっ……!」
「ちょうどよかったわ、時雨」
「な、何でここに?」
「なんか文句でもあるの」
「い、いや…別に」
「付いてきなさい、提督がお呼びよ」
「ま、待って、山城!」
何も言わずに山城はこちらを振り返った
走って山城に抱きついた僕をじっと見つめる
「……ありがとう、山城のおかげで、僕、ここにいる。生きて山城たちのことを覚えていられる」
必死に言葉をつむぐうちに涙があふれだしてくる
「また、会えてよかった、言いたかった……山城に……」
「ええ、あなたはよく護ってくれたわ」
優しく頭をなでられて僕は嗚咽おえつする
「うっ、ううっ……やま……しろ…………」
「まったく、この様子じゃ提督のところに連れて行けないわね」
あきれたような、でもどこか優しい声に甘えて僕は時間を忘れて泣き続けた

「山城、時雨は見つかった?」
僕らを見つけた扶桑が山城の背中に声をかける
「すみません姉さま、時雨はいたんですけど……」
「あら……ふふっ」
「姉さま、笑い事ではありませんよ」
「ごめんなさい、山城」
扶桑が僕の落とした手提げ袋を拾う
「提督にはわたしから話しておくわ、山城は時雨をお願いね」
「えっ、ちょっ、姉さま」
扶桑に置いて行かれた山城はため息をついて小さく「不幸だわ」とつぶやいた
僕はこらえきれずにくすくすと笑いを漏らす
「何よ時雨」
「ごめんね……山城、もう大丈夫、ありがとう」
涙は満足するまで流しきった、もう僕は迷わず進んで行けそうだ
「何が大丈夫なのよ……まあいいわ、さっさと姉さまに追い付くわよ。まったく、何でこんな日に呼び出されたんだか……本当不幸だわ」
ぼやきながら先を行く山城の背中に僕は幸福感に包まれながらふわふわとした足取りで付いていった


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