『いつ海』後の話#3 (艦これ二次創作小説)
底冷えの寒さを超えて少し暖かくなってきたある日、僕はいつもの部屋で明日の講演会で使う原稿の手直しをしていた
去年の12月、雪風がくれた時間を使って数日間旅をした
そのときに泊まった旅館の女将さんが艦娘さんたちの話を聞きたいと言ってくれて、そのあとに他の人にも話を聞かせてあげたいと講演の機会をもらった
最初は僕なんかでいいのかと断る気でいた
だけど一緒に戦ったみんなのことを僕だけじゃなく多くの人々に覚えていてほしい、そう思って僕は女将さんの依頼を引き受けることにした
異国の地で頑張っている彼女のことも語ろう、それからあのときのことも……などと色々考えているうちに今日の予定にはっと気づく
上着を持って僕は部屋を飛び出した
佐世保鎮守府に凱旋記念館と呼ばれる建物がある
今日はそこに提督の呼びかけで退役した多くの艦娘が集まっている
始まりの時間に間に合うかギリギリだったので僕は走って向かった
着いた扉の前で呼吸を整えていると中から提督の声が聞こえてきた
すでに始まっているみたいだったので音をたてないようにそっと入った
舞台の上で話す提督に視線を向ける皆の後ろを静かに移動すると僕に気付いて誰かが手招きしているのが見えた
「こっちだ、時雨」
「久しぶりね、時雨」
共に戦った仲間たちが僕の名を呼ぶ
「磯風、浜風、久しぶり。元気だったかい?」
僕がそう訊ねると二人は何故かきょとんとした顔をする
「? 僕、何か変だったかな?」
「いえ、何というか……少し雰囲気変わったような感じがして」
「まあ、半年ぶりだからな。何にせよ元気そうで何よりだ。それより、そろそろみたいだぞ」
そう言って磯風が舞台の方を示す
いつの間にか提督は話し終えて大淀が進行をしていた
「——それでは提督、乾杯をよろしくお願いします」
「大淀、ありがとう。それでは皆、唱和をお願いする。
……平和な海と、護り抜いてきた艦娘諸君に、乾杯」
掲げられたグラスに光が反射しキラキラと一面を輝かせていた
楽しい時間はあっという間に過ぎていく
昔話や近況、これからについてたくさん話した
艦娘の戦いが終わって半年、それぞれの人生を歩む彼女たちは皆強く生きていた
僕にはそれがとても嬉しかった、そしてみんなの幸せを願った
そうして宴もたけなわという頃に風がふわりと僕の頬をなでるのを感じた
「だあぁあーーーーーっ!!」
『いったいなんだ!?』
『誰か突っ込んできた!?』
強く扉が開け放たれ、叫び声とともにひとつの影が飛び込んで盛大に転んだ
「白露!」
僕は人波をかき分けるようにして駆け寄る
「いったたた……」
「白露、大丈夫?」
うつ伏せに倒れている彼女に手を貸す
「その声……時雨?」
「そうだよ、僕は時雨だよ、白露」
「…………ほんと?……よ、よかったぁ~~!!」
僕の顔を見るなり破顔した白露はわき目もふらず僕に抱きついてよかった、よかったと呟くように繰り返した
少しして落ち着きを取り戻した白露と凱旋記念館の二階で小さく乾杯をした
白露は一口飲んでから少しの間、何も言わず昔を懐かしむように階下を眺めていた
「時雨はまだ艦娘なの?」
視線を下に向けたまま白露は沈黙を破った
「うん、一応」
自分の赤いネクタイに軽く触れる
白露はパンツスタイルの動きやすそうな洋服、ほかの娘もみんな私服の中で僕だけは艦娘の制服を着ていた
上着を羽織っているとはいえ前が開いているので少々目立つ格好になっているらしい
「……どうするの、これから」
白露は体をこちらに向けて少し厳しい表情で僕の目を見つめる
「僕は、ここに残る、ここでみんながやってきたことを残して伝えていこうと思うんだ」
佐世保鎮守府はもうすぐ再編されて佐世保基地と名を変える
僕も艦娘のままではもうここには居られない
だけどこの場所には僕たちの記録がたくさんある
それを人々に伝えていけるような活動を僕はしていきたい
そして明日の講演会が踏み出す最初の一歩になるようにしたい
「……だから白露、心配しないで、僕は自分の力で歩いていけるから」
「うーん……」
「し、白露?」
「あーーダメ、やっぱり心配!」
そう言ってグラスの残りを一気に飲み干した
「時雨はさ、もっとお姉ちゃんに頼っていいんだよ! いっつも一人で全部やろうとして頑張りすぎるんだから」
「そ、そうかな?」
「だから……はい、これ持っててよ、困ったらいつでもいいから」
そう言って白露は一枚の小さな紙を上着の内ポケットから取り出して僕に差し出した
それには白露の連絡先や住所などが書かれていた
「人に頼まれて猫探ししててさー、それで遅れちゃって」
「あんなに慌てて来なくても大丈夫だったんじゃ……」
「今日を逃したらもう会えないかもって思ったから……。こうしてゆっくり話ができたんだからいいのっ!」
相変わらずだねと笑ったら白露も明るい笑顔でまあねと返した
困っている人を放っておけないところも何でも一生懸命で真っ直ぐなところも、白露は退役しても変わってなくて、僕は内心ほっとしていた
「時雨が元気そうでお姉ちゃんは安心したよ。だけど寂しかったらいつでも呼んでよね。お姉ちゃんとの約束だよ?」
白露が右手の小指をこちらに差し出す
僕は自分の小指を絡ませた
いわゆる『指切りげんまん』で約束を交わした
「白露、ありがとう……僕、頑張るよ」
「うん、よし! じゃ、あたしは下に行こうかな。浜風にちゃんとお礼言いたいし」
「僕も行くよ、姉さんがまた転ばないように」
「そしたらまた助けてよね、時雨」
白露はニッと白い歯を見せて笑った
その眩しい笑顔に僕も顔がほころぶ
この先何があってもきっと乗り越えられる、気づけばそんな前向きさが僕の心に芽生えていた
もう雨は止んだ
僕は……僕らは未来を生きていく
————いつかあの海で、また会えるよね
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