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新型コロナはどこからやってきたのか 新型コロナの兄弟「RaTG13」とは何者か

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の起源については関心が高い話題だ。SARS-CoV-2に近いコロナウイルスはどれも中国で発見されていることから、少なくともWHOの専門家は中国起源説を推しているようだ(NHK)。一部では中国湖北省の武漢の研究所から漏洩したのではないかという声もある。

 新型コロナウイルスが各国に広がろうとしていた2020年2月、コウモリ由来のコロナウイルスがセンザンコウを中間宿主として人類界に現れた可能性が指摘された(AFP)。センザンコウと人間から採取されたウイルスが99%一致していたといい、センザンコウ由来説が強まったかに思われたが、この報告については疑問が投げかけられた(ロイター)。

 (2021/6/15 加筆修正・再構成しました)

コウモリから人へ? センザンコウを経由して人へ?

 2020年2月、2013年に雲南省で発見されたコウモリ由来のウイルス「RaTG13」が、SARS-CoV-2と96.2%の同一性があるとの論文がNatureに掲載された(Nature)。武漢ウイルス研究所の石正麗氏らによる報告である。また同月、中国に密輸されたマレーセンザンコウから、SARS-CoV-2に類似したウイルスが見つかったと報告された(bioRxiv)。論文として詳細が報告されたものの中では、RaTG13が現状最もSARS-CoV-2に近い。

 2020年7月、SARS-CoV-2の近縁種についてのウイルスの系統を分析した論文が発表された(Nature)。ゲノムを分析すると、ウイルスがどのような変異の経過を辿ったかが分かる。RaTG13もセンザンコウ-2019もSARS-CoV-2も共通の祖先をもち、この祖先はコウモリが保有し続けている未知のウイルス(コウモリサルベコウイルス)の系列であるようだと分かった。つまりSARS-CoV-2は、例えば風邪コロナウイルスやSARSウイルスのような既知のウイルスが変異したものではなく、恐らくコウモリが持つであろう未知のウイルスから分岐して(変異して)生まれたことになる。祖先となるウイルスからSARS-CoV-2が分岐したタイミングについては、1948~1982年と推定されている。

 コウモリのコロナウイルスは、コロナウイルスが細胞に感染するのに用いる、人のACE2受容体に結合できないとされていたため、人に近いACE2受容体を持つ動物の中でウイルスがACE2受容体に結合しやすいSARS-CoV-2に変異した可能性が高いとされる。したがって、センザンコウを経由したという説が有力視される。

 だが2013年に、人のACE2受容体に結合できるウイルス2種類がキクガシラコウモリから発見されたという論文が中国から発表されている(Nature)。ウイルスは論文では「RsSHC014」、「Rs3367」と名付けられている。これによって、コウモリから直接人間にコウモリコロナウイルスが感染できる可能性が示された。この2種類のウイルスについては、RsSHC014がSARSウイルスと85%の同一性があり、Rs3367は96%の同一性があるとされた。前述のコウモリコロナウイルスRaTG13もACE2受容体に結合できることが報告されている。コウモリから直接人間に感染した可能性もゼロではない。

 しかし、RaTG13がそのまま新型コロナウイルスとして流行したわけではない。人のACE2受容体への結合能力について、RaTG13よりSARS-CoV-2の方が1000倍強いと報告されている(Nature)。そもそも受容体結合部分についてはセンザンコウ-2019のほうがSARS-CoV-2に近いとされた。ただし、センザンコウ-2019からSARS-CoV-2に変異した証拠は見つかっていないので、SARS-CoV-2がセンザンコウを経由したという決定的な証拠にはならない。

各地で見つかる近縁種 祖先は何処に

 また、2021年3月、新たな近縁種が見つかったとする論文が発表された(bioRxiv)。2019年5月~2020年11月にやはり中国雲南省のコウモリから採取された新種のウイルスのうち「RpYN06」と名付けられたものがSARS-CoV-2と94.5%の配列同一性を示した。RaTG13に次いで2番目に近いという。

 SARS-CoV-2に似たコロナウイルスは中国で多く見つかっているが、他の国でも見つかっている。カンボジアでは、SARS-CoV-2との同一性が92.6%のコロナウイルスがコウモリから発見された(bioRxiv)。タイのコウモリから見つかったコロナウイルスは95.86%の同一性を示した(NCDI)。

 また、日本のコウモリから、SARS-CoV-2に近いコロナウイルスが発見された(東京大学)。2013年に岩手県の洞窟で捕獲された日本固有種のコキクガシラコウモリの糞から検出され、人に感染する可能性は極めて低いと考えられた。このウイルスは「Rc-o319」と名付けられ、SARS-CoV-2との類似性は81.47%だという。これまで確認されたSARS-CoV-2関連ウイルスの中では最も初期に分岐した(最も遠い)ものである。

 新型コロナウイルスの祖先を辿れば、それは中国以外に存在する可能性がある。

パンデミックはいつ、どこから始まったのか

 SARS-CoV-2がはじめて人間界に現れたのはどこか。これについてはさまざまな説がある。

 パンデミックの震源地とされる武漢で最初の患者として認定されているのは、2019年12月8日に発症したとされる患者だ(東京新聞)。しかし、2019年11月17日に確認された湖北省の55歳の住民が最初の患者の1人であると中国政府が示唆しているとの情報もある(SankeiBiz)。もっと早い時期の推定として、武漢では2019年8月に病院の駐車場の車の数が増えたり、インターネットで「下痢」と検索する人が増えていたことから、この頃にはすでにSARS-CoV-2が拡大していた可能性が指摘されている(AFP)。

 感染拡大の発端として、武漢ウイルス研究所から流出したという説が存在する。陰謀論であるとされていたが、この説に関して、2019年11月に武漢研究所の職員3人が体調を崩したという米情報機関の報告書の存在が報じられている(ロイター)。

 またイタリアでは、がん治験に参加した人の血液サンプルを調べたところ、早いものでは2019年9月のサンプルからSARS-CoV-2に対する抗体が発見されたといい、この頃にはイタリアで拡大していた可能性が指摘された(Newsweek)。イタリアでは2019年12月18日の下水のサンプルからウイルスの痕跡が見つかっていたが、10~11月のサンプルからは見つかっていなかった(BBC)。イタリアでの感染者の初確認は2020年2月である。この研究結果をうけ、SARS-CoV-2の発祥は中国ではない可能性があると中国国営メディアが報じた(ロイター)。

 また、フランスでは、2019年12月27日にパリ近郊で肺炎の疑いで治療を受けた患者が、実際は新型ウイルスに感染していたことが分かった(BBC)。

 2020年5月、SARS-CoV-2の遺伝子分析により、パンデミックの開始時期を2019年10月6日~12月11日頃と推定した研究結果が発表された(UCLScienceDirect)。2019年10月に武漢で開催されたワールドミリタリーゲームズの参加者に体調不良者が出ており、大会を通じて全世界にウイルスが広まった可能性も指摘されている(SankeiBiz)。仮に10月に拡大が始まった場合、上記のパンデミック開始時期の推定と整合する。

 同大会をめぐっては、同大会を機に武漢にアメリカ人がウイルスを持ち込んだという真偽不明の説も存在する(THE TIMES)。ワールドミリタリーゲームズに参加した女性軍人が発端だという話は、中国共産党系メディアの環球時報も報じ(環球時報)、彼女への個人攻撃につながった。

2012年に中国で未知のコロナウイルスの感染例が?

 RaTG13が発見される契機について、廃坑でコウモリの糞の清掃者6人が肺炎にかかり、うち3人が死亡した事件があったと2020年7月に英サンデータイムズが報じた(BloombergTHE TIMES)。報道によると4月24~26日に5人、その後にもう1人入院。初期に死亡した2名を除く4名について検査したところ、SARSは陰性だったが、未知のコロナウイルスの抗体を持っている事が分かったという。石正麗氏と共同で研究してきたピーター・ダスザックによると、事件後、石正麗氏らが問題の廃坑を調査してRaTG13を発見したと認めた。またRaTg13は2016年に公表された論文で「RaBtCoV/4991」と名付けられたウイルスと同じものであるという研究者の調査を報じた。

 2014年に発表された論文によると、2012年6月に中国雲南省墨江ハニ族自治県の廃坑で働いていた3人が原因不明の重度の肺炎だと診断され、のちに3人の患者全員が死亡し、SARSなどの検査を行ったところ陰性だった、とされている(NCBI)。事件後の調査では炭鉱から新型のヘニパウイルスであるMojiang paramyxovirus(墨江ウイルス、MojV)が発見された。ヘニパウイルスとは、脳炎を引き起こす新興ウイルスのニパウイルスを含むウイルス属である。

 2020年3月に公開され同年6月に更新された記事によると、墨江ハニ族自治県の坑道の事件では6名中2名が死亡し、さらに死因はカビだとしている(SCIENTIFIC AMERICAN)。

 RaTG13については当初、2003年のSARSに関連した探索の過程で発見したものとされ、武漢ウイルス研究所の研究チームに同伴したピーター・ダスザックは「当時の探索ではSARSに関連するウイルスを探していました。発見されたウイルス(RaTG13)の遺伝子配列はSARSとは20パーセントが異なっていたんです。興味深くはありましたが、危険性が高いとは思えませんでした。ですから、そのウイルスについては詳しく調べず、冷凍庫に保存しました」と話している(WIRED)。

 2020年11月、RaTG13についての2月の論文を補足する論文が公開された(Nature)。これによると、2012年、コウモリの糞便を掃除するために中国雲南省ハニ族自治県の通関町の洞窟を訪れた労働者4人が重度の呼吸器疾患を示し、うち1人が死亡したという。患者は2012年4月26~27日に昆明医科大学第一付属病院に入院した。この洞窟で調査を行ったところ、前述したMojVに加え、2012~2015年の間にアルファコロナウイルスが284個、ベータコロナウイルスが9つ発見されたのだという。このうちの1つがRaTG13で、2016年の論文(Springer Nature)で「RaBtCoV/4991」として発表されたものであり、コウモリの種類・場所・サンプリングした年を反映して「RaTG13」に改称したという。そして、上記の患者についてはSARS-CoV-2に感染していないことを確認したとの事だ。

 なお、2016年の論文では、なぜRaTG13(RaBtCoV/4991)が採取されるに至ったか、この炭鉱の事件については触れられていない。また、これらの論文では、RaTG13が炭鉱労働者の死因である可能性には言及していない。しかし、昆明医科大学の院生が2013年に提出した論文では、コウモリ由来のSARS様コロナウイルスが原因ではないかと指摘しているという(Newsweek)。

 仮にSARS様コロナウイルスによるアウトブレイクが何年も前に発生していたならばSARS-CoV-2の中国起源説が強まるほか、その事件が適切に公表されていた場合、現地や各国の関係機関は何かしらの形で新型コロナウイルス禍に備えられたのではないかと想像してしまう。

この記事は筆者のサイトで公開していた記事を修正し転載したものです。


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