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森大監督(浦和学院高)は〝浦学野球〞を改革中!【注目の高校野球監督インタビュー公開!】

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2022年3月31日発売の『別冊野球太郎2022春』に掲載されたインタビュー(取材を行ったのも3月)です。

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名門・浦和学院を率いる監督が、昨夏をもって父・森士氏から長男・森大氏へ引き継がれた。さっそく秋季大会を勝ち進み、センバツ出場へとつなげた。ただ、勝つだけでなく、そこから漏れ伝わる変化の声が興味深いものばかり。そこで、浦学のイメージが一気に刷新されるような改革を行う森大監督にインタビューを申し込んだ。
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若き指揮官による〝大〞改革

「浦和学院」と聞くと、どんな言葉が連想されるだろうか。私は次の6つが思い浮かぶ。
「森士監督」
「厳しい規律」
「豊富な練習量」
「鍛錬」
「堅守」
「朝練」
 1991年から2021年夏まで浦和学院を率い、伝統を築きあげてきたのが森士氏である。甲子園通算28勝20敗。昨夏の甲子園を最後に勇退し、長男の森大氏が新監督に就いた。
 1990年生まれの31歳。浦和学院から早稲田大に進み、三菱自動車倉敷オーシャンズでプレーしたのち、2016年に母校のコーチに就任。17年に筑波大大学院でスポーツバイオメカニクス、18年から2年間は早稲田大大学院で教育心理学を学び、修士号を取得した。
 ユニホームを脱ぎ、ジャケットを着ると、商社かIT企業で働いていそうな雰囲気で、取材陣への対応も柔らかい。
 その佇まいだけを見ると、ガツガツした感じは伝わってこないが、「若いからこそ、色を出していきたい」と、さまざまな改革を断行してきた。過去の慣習や伝統にとらわれずに、時代に合わせて変えるべきところは変えていく。
 昨秋の関東大会、就任間もない新監督から『超攻撃型野球』という言葉が何度も聞かれた。新チーム立ち上げ時から、新たなスローガンとして掲げてきたという。
 試合を見ても、バットを長く持って、フルスイングで投手と対峙。それまでは、主軸であっても、短く持ってセンター中心に打ち返すスタイルだったが、野球がガラリと変わったように感じた。

失敗を恐れずに攻める野球

 甲子園で全国クラスの野球を見る中で、ずっと感じていたことがあるという。
「攻守とも、スケールアップしなければ勝てない。〝打力〞というか〝火力〞というか、2018年夏は大阪桐蔭に負けましたが、一発の長打で形勢が変わる。今後、低反発バットが導入されることを考えても、筋力を高めて、しっかりとバットを振る野球が必要。最初に、選手に向けて発信したのが『超攻撃型野球』でした」
 参考にしたのは門馬敬冶氏(前東海大相模監督)の『アグレッシブ・ベースボール』だったという。さすがに同じ言葉は使えないので、シンプルに日本語にした。
「打つことだけの意味合いではなく、メンタル的に、『失敗を恐れずに攻めてほしい』という想いを込めています。責任は監督が取るから、守備でも攻撃でも走塁でも攻めていく。今の子は自己効力感が低いというか、なかなか自信を持ってプレーができないように感じます。その背中を押してあげたい」
 昨秋の公式戦では25個の犠打を記録。伝統の小技は継続しながら、新たなスパイスを加えた。
「『フルグリップ、フルスイング、空振りOK』を徹底しました。その結果、公式戦の中でも迷いなく振れるバッターが増えた。打撃面ではそこが一番大きいと思います」
 バットにも工夫を加えた。関東大会終了後、通常の金属バットを封印し、1000グラムの金属バットに切り替えた。練習だけでなく、練習試合でも1000グラムを使用。さらに、アウトオブシーズンに入ると、木+竹素材の合板バットを取り入れ、ヘッドがしなる感覚とともに、金属バットよりも狭い芯でとらえる技術を磨いた。

「睡眠の質」を高める

 スケールの大きな野球を目指すには、体作りが必須となる。森大監督が最初に着手したのは〝睡眠の質〞を上げることだった。ウエートトレーニングも食事も、日々のしっかりとした睡眠があってこそ、効果が上がる。
「心理学の勉強をしていた時に、心療内科の実習に行ったことがありました。先生に教えてもらったのは、ストレスと睡眠の関係性。1日8時間寝ても、ストレスがかかった状態では睡眠は浅くなる。真っ先に浮かんだのが朝練でした」
 浦和学院には平日にほぼ毎日行う朝練がある。5時半起床、6時集合、6時半朝練の流れで、森大監督の現役時代にもあった。消灯は23時。「寝坊できない」というストレスを常に抱えていた。
「当時は、それで精神面が鍛えられたところもあるかもしれませんが、今の子たちにそのやり方が合っているのかどうか。新チームから朝練を週2日程度にして、年明けからはコロナ禍の状況も見て、完全に取りやめました」
 選手には好評だ。ドラフト候補に挙がる金田優太は、「朝練がないことが何よりありがたい。ぐっすり眠れます」と笑顔を見せる。
 驚いたことに、昨秋だけで2センチ伸びた金田を筆頭に、チームの平均身長が1.5センチ伸びたという。睡眠だけの効果ではないだろうが、一因ではあるだろう。
「面白い話がありまして、秋の関東大会の身長・体重を高野連に提出したところ、県大会から身長が伸びていたので、『数字が間違っているのではないか?』と確認の電話が来ました」
 右の円グラフが、就任前と後のタイムテーブルとなる。朝の時間にゆとりができ、消灯時間も1時間半早くなった。さらに、放課後の全体練習の時間も5時間半から4時間に減らしている。
「全体練習を早く終わらせて、課題練習に充てるようにしました。自分の課題を考えながら練習する。大学に行った時に、自分で考える力がないと何をやっていいかわからなくなってしまう。読書感想文を書くなど、自分の考えを表現する機会も作っています」

決められた時間で成果を上げる

 一日の練習スケジュールも、時間で区切るようにした。それまではノックが長引いて、打撃練習の時間が短くなるなど、スケジュールがズレることがあった。
「大事にしているのは、〝時間管理〞。守備練習を1時間取るのなら、その時間の中で成果を上げる。〝残業〞はなし。バッティングも予定通りの時間に始まるので、結果的に打つ量は増えています」
 ノックでミスが目立つと、指導者がヒートアップして、ついついノックが長くなるのが〝高校野球あるある〞であるが、そういうことは一切なくした。
「今の時代に必要なのは、決められた時間での質を上げることです。社会では『働き方改革』が導入され、遅くまで残って仕事をすることが決していいことではない、と思われるようになりました。高校野球は教育の場であり、社会で通用する人間を育てていく、と考えたら、指導者も選手も時間管理の意識を持つことが大事だと思います」
 選手にとって一番辛いのは、いつ終わるかわからない走り込みやノックだろう。乗り越えた時には精神力がつくかもしれないが、「この練習にどんな意味が?」と思うのが、いまどきの選手だ。中学生の時に、こうした鍛錬を経験した選手も減ってきている。
「私自身が、だらだらした練習が嫌いなんです。先延ばしせずに、時間の中で終わらせる。何時に終わるというのがわかっていれば、集中力も高まるはずです」
 一日中、緊張感を持ち続けるのは大人でも難しいことだ。
 「冬眠」をテーマにしたこの冬は、午前練習のあと13時から16時まで自由時間とした。寮に戻り、ぐっすり昼寝をする選手もいたという。心と体をリフレッシュさせたあと、16時から18時まで体力トレーニングに取り組んだ。
「指導陣も寝ていました。昼寝ができると思うと、午前中いっぱい頑張れる。こういうメリハリを大切にしていきたいんです」
 苦しい練習、厳しい練習を乗り越えることで精神力が鍛えられる。体育会の組織でよく耳にする話だが、森大監督の考えは違う。
「選手たちが、『これは意味のあること』と信じた取り組みを、どれだけ積み重ねていけるか。それが自信につながると感じています」

選手の前で弱さを見せる

 実績を残した名将から若手への世代交代。全国の強豪校でよく見られるが、前監督の取り組みをそのまま引き継ぐ人もいれば、徐々に自分流にシフトチェンジする人も、一気に180度変える人もいる。森大監督は、一気に変えた部類に入るだろう。
「親子だからできたことです。監督になる時には、『お前の好きなようにやれ』と言ってもらいました。睡眠や朝練の話も、私がコーチになった時から父には伝えていたことです。でも、チームの方針は監督が決めるものですから」
 そして、こんな言葉も。
「前監督はカリスマ指導者です。だからこそ、あれだけの組織を作ることができた。私には無理です」
 若き指揮官は、選手の前でも、裏表を作らずにすべてをさらけ出し、だらしない部分も見せる。
「選手に『監督の弱点は何?』と聞くと、『すぐに忘れること』『車が汚い』とか、正直に言ってきます。自分が直さないといけないところです。でも、ダメなところを見せることで、監督も同じ人間だと思ってほしいところもあるんです。監督と選手の関係ではありますが、人と人でもあるわけなので。それに、監督がすべてを見せていたら、選手も弱いところを隠そうとしなくなると思うんです」
 高校生と年齢が近い森大監督だからこそ、精神的にも近づくことができるはずだ。

規律と自主性のバランス

 ここまで書いていると、前監督の指導をすべて変えたかのように思うかもしれないが、決してそうではない。変えずに引き継いでいることも、もちろんある。
「規律です。強い組織を作っていくためには、規律は絶対に必要。浦学がずっと大事にしてきたところで、しつけに近いものがあります。道具を揃えたり、ランニングの足を揃えたりすることは、かなりうるさく言っています。こういうところが乱れてくると、組織も乱れていく。『PM理論』ってご存じですか? 大学院での研究テーマで、修士論文がPM理論でした」
 森大監督の解説によると、Pはパフォーマンス、Mはメンテナンスを表した頭文字で、Pは規律、Mは自主性に置き換えることができるという。理想の組織は、PとMのバランスがいい「ラージPM型」。Pだけが大きい(=ラージP型)と規律が厳しすぎて、逆にMだけが大きい(=ラージM型)と選手の自主性に任せすぎている。
「実は、1990年代の強豪の多くはラージP型でした。規律に厳しい学校が勝ち上がっている。それが、私が2018年夏の甲子園出場校の指導者と選手を対象にアンケートをお願いしたところ、常連校の中でラージP型は1校もなく、すべてがラージPM型でした」
 つまりは、規律と自主性がバランスよくかみ合っている高校が結果を残していた、ということだ。
「父が言っていたことですが、『指導者は管理が7、自主性が3と思っていなければいけないが、生徒は自主性が7、管理が3と思うことが大切なんだ』と。本当にその通りだと思います」
 指導者から規律面を厳しく言われながらも、選手の心の中には「自分たちで野球ができている」という想いがあり、たとえ厳しく怒られても「監督は、自分たちの成長のために言ってくれている」と受け止められる。指導者と選手の信頼関係があってこそ、であろう。
 時代の流れ、社会が求めるものを敏感に察知しながら、名門の組織作りを進める森大監督。ここまでの改革は順調に進んでいる。今後、甲子園でどこまでの結果を残せるか。「超攻撃型野球」「ラージPM型組織」の先に日本一が見えてくる。

(文中一部敬称略)
取材・文=大利実