すわ、誤記か誤植かフレイザー

J. G. フレイザー『金枝篇』のある箇所につけられた注に、こんな表記があらわれる。

Festus, ed. C. O. Müller, p. 325

これは、カール・オトフリート・ミュラー(1797-1840)というドイツの古典学者が編集した、フェストゥスという2世紀ころのローマの文法家の本を指している。

などと書けばややこしくて、すでに読む気力をくじかれそうになっているかもしれない。大丈夫。ここでお伝えしたいことは、けっこう単純だから。

カール・オトフリート・ミュラーを、ドイツ語で表記するとこうなる。

Karl Otfried Müller

お気づきだろうか。

上のほうに掲げた書誌では、"C. O. Müller"と書かれていた。カール(Karl)なのだから、正しくは"K. O. Müller"ではあるまいか。

すわ、フレイザー先生の誤記か、活版を組んだ際の誤植か。

――と思いそうになるところで一息入れる。すぐそうやって誤記か誤植か、だなんて決めつけてはいけない。

こういう場合、もとの本を見るのがなによりである。幸い現在では、世界のあちこちのデジタルアーカイヴで、古い時代の本が公開されていたりする。

詳細は省いて、結果をお知らせしたい。フレイザーが言及しているのは、この本である。

画像1

(ミュンヘン・デジタル化センターより/画像をクリックすると同センターのウェブサイトへ移動します)

上から最初の3行は著者名と書名。次の2行は「校訂と注釈」という表記で、その次の行が担当者、つまりミュラー氏の名前。

CARLO ODOFREDO MUELLERO.

とある。

Karl Otfried Müllerと、ちょっと違うかたちをしている。

これはなにかといえば、ラテン語名。ヨーロッパの学術界では、長いあいだラテン語が共通言語だった。そこで、こんなふうに名前をラテン語風に記すこともあったようだ。

例えば、フランスの哲学者ルネ・デカルト(René Descartes)のラテン語名は、レナトゥス・カルテシウス(Renatus Cartesius)という。

あるいは、これはヨーロッパではなく古代中国の例だけれども、孔子のラテン語名は、コンフキウス(Confucius)という。なんだか古代ローマの執政官にでもいそうな名前である。

話を戻せば、ミュラー氏のラテン語名をイニシャルで記せば、C. O. Muelleroとなるわけである。

とはいえ、フレイザーはC. O. Müllerと記していた。"C. O."はラテン語名から、Müllerはドイツ語名からで、混ざっているみたいなのだが、これはこれでいいのかしら。

という、翻訳作業のあいまに気がついた、ちょっとした話でした。

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