【ヒグマと近くで目を合わせて向き合い思うこと】

先日畑にヒグマが来た。普段見慣れた景色が野生の美しさで一変する。11年前この地で畑を始めてからヒグマと畑で会ったのは4回目。畑以外のフィールドでここ数年は毎年遭遇していて去年は4回その機会があった。
野生のヒグマに会ったことがない人がほとんどの中、貴重な体験の機会を持ったのはヒグマからのメッセージもあるかもしれないと書くことにした。

今回会ったヒグマはまだ若い。きっと今年4月〜5月頃に親離れしたばかりの個体で大きさから察すると2歳半。まだ自分の生息出来る範囲を強い好奇心を持ちながら探り探り行動している間、私たちの畑の側にも訪れたのだろう。

農作業の手伝いをしに来てくれていた友人と共にミョウガの間引き作業をしていた時だった。フェイが「熊!」と一言。目をやると河川敷近くに若いヒグマがいる。まだこちらに気づいていない。のんびりとした雰囲気が伝わってくる。ゴロンと寝転がったり、クローバーを食んだり、すわってポリポリと体をかいたり。ある程度の距離もあるし、向こうが気づいていないので少しの間そんな時間を過ごした。

こういう場合はヒグマがこちらに気づいてからの対応、態度が重要だと思っている。ここは私たちの畑。私たちの縄張り。ここでの主は私であり、彼が居て良い場所ではないと、その境界線についてきちんと伝える必要があるからだ。そのタイミングはファーストコンタクトの時、遅くなればなるほどヒグマの主張が強くなる。

ヒグマにも個性があって性格がある。

だから必ずこうだといえる対応はないと思う。何度も出会うと表情を少し読み取れるようになるので、向こうが今何を思うかが想像出来る。そうやって熊の豊かな表情を見ながら個々に合わせて臨機応変に対話をする必要がある。

今回のヒグマは臆病だけど好奇心も強い。一度追い払っても自らが安全だと判断する距離まで一旦離れると、こちらの様子を伺っている。顔と態度には不安、どうしたら良いかという迷いや、いきなり現れた人への戸惑いと恐れ、一方でそれが何かを、今何が起きているのかを知りたいという好奇心で少しさわさわとしていた。

ヒグマの行動と様子をしっかりと確認しながら私がヒグマに対する圧を少し強めると距離を空けるように今度はどっと木に登り、はっきり見たいと言わんばかりに枝の間から顔を覗かせてまたこちらの様子を伺う。隙間から不安げな顔を覗かせてはしっかりとこちらの態度、行動を認識しようとしている。

それでも圧をかけ続けるはっきりとした態度を見せる私にさすがに居心地の悪さを感じたのか引くように去っていった。その姿が目に焼き付いている。

ヒグマとの出会いは一瞬一瞬が宝物で鮮明な記憶となって残る。それほどの緊張感と精神を研ぎ澄ますような瞬間になるからだと思う。

ヒグマは賢い動物である。人間の対応で行動が変わる。

もしかしたら今回のヒグマにとって私たちは初めて間近で接する人間だったかもしれない。その初めての人間がとった行動でこのヒグマのこれからの行動は変わっていく。その時、人が恐怖に怯え背中さえ見せて逃げ惑う姿を見せたらどうなるだろうか。ヒグマは勘違いを起こし今後の行動に影響するだろう。お互いが畏怖の念を正しく持ち、お互いの暮らしを尊重出来るよう私たちも関わり合いを学ばなくてはいけない。

今現在日本中を覆っているヒステリックな熊への一方的な恐怖には違和感がずっとあって、熊が出る→通報する→害獣駆除 というヒグマを理解しようともせずに、心を寄せることもなく駆除一辺倒な考えにはとても共感出来ない。まるで私たちの前に現れたヒグマ=恐怖というように。知らないこと、知りたくもないこと、接したくないものへの恐れと不安が募っている。

頭数が増えているというがいつの時代と比べているのだろうか。北海道の大地に、自然に身を置いた時に、ヒグマが同じ時を過ごしていることへの素晴らしさを人はどうして忘れたのだろうか。

私たちが畑で大切にしている考えの一つは

「人間も自然の一部である」というものだ。

自然と人を乖離して考えるのではなくて、人間生活も自然の営みの一つだと思っている。人の世界と自然というように区分けをはっきりとさせているからこそ、人間の生活圏に現れた熊は異質なものとして捉えるのだろう。

表面上に表れていようがいまいが、私たちとヒグマは繋がって生きている。お互い関わり合いながら生きている。人里に出没しただけのまだ若く無知な熊は何のいけないことをしたのだろうか。ただ学びの途中であるはず。だからこそ私たち人間のヒグマに対する接し方が重要になる。

一緒にこの北海道で生きることが出来る道筋を若い熊に教える事は出来ないだろうか。

私たちは今一度熊との共存について、一人一人が責任ある行動を取れるよう学び始める時が来ている気がする。各地域で熊に対する学びを机上でするのではなくて、実際の熊との関わり、やり取りの中で学んだ話、体験を伝えてくれる本当の意味での専門家が重要になると思う。

ヒグマとお互いの目を見て向き合い通じ合う瞬間がある。

その瞬間、

「わかってくれよな。」

「撃たれずに幸せに生きる術を学んでいってくれよな。」と

その時の自分が伝えたいことを伝える努力をする。
いつの日か大きく逞しく、そして賢く育っていってもらいたいと切に願う。そして、人との関わり合いを新たに学んだヒグマはそれを子孫たちに伝えていくだろう。

キムンカムイ
ヒグマはカムイである。
カムイがわざわざ私たちの元へ来たことには理由があるはず。その翌日は八雲町で風力発電計画を進める事業者との2回目の面談。

何か言いたいこともあるだろうと察する。
その話はまたいづれ。


#八雲山水自然農園

#ヒグマ #熊

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